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日本的なロードムービー
高倉健のような、日本映画の黄金期のイメージを背負った大スターが動くと、いわば風を呼び波を呼び、龍を呼んで、いいスタッフやキャストが結集し、面白い作品が出来るのか、といった気のする映画だ。
今年81歳の彼は、さすがにやや老いの色を濃くしてもきたが、それを映画の滋味にしてしまう工夫の詰まった一作である。刑務官としての定年後に、富山の刑務所で嘱託の木工指導技官となった主人公が、田中裕子の亡くなった妻の遺言に従って、散骨のために彼女の故郷の長崎県平戸の漁村まで、手造りのキャンピングカーで長い旅をする。
そして個性的な登場人物たちと、出会いを重ねていくのだ。飛騨高山で、ビートたけしの種田山頭火の好きな元国語教師。京都で、草●(ゆみへんに剪)剛の物産展をめぐり歩くイカめし販売人。大阪で、佐藤浩市のイカめし販売人の孤独な年上の同僚。目的地の平戸で、綾瀬はるかの食堂の娘と余貴美子の母親、そして大滝秀治の老漁師、といったように。
と同時に、田中裕子の亡き妻と彼との過去が、各地の風土や出来事をきっかけに、回想されていく。しがない歌手だった彼女が、兵庫県の竹田城址(じょうし)の絶景の中でおこなわれる音楽祭で、宮澤賢治の「星めぐりの歌」を歌うシーンが胸をうつ。
亡き妻も他の登場人物もみな、心の底に生きる哀(かな)しみを背負っている人間たちなのが、とてもいい。そんな日本的なロードムービー(旅の映画)の要を寡黙な高倉健の主人公が、がっしりと支えていくのだ。
「冬の華」「駅 STATION」「あ・うん」など、19本の映画で彼と組んできた降旗康男監督や、撮影の林淳一郎、脚本の青島武その他のスタッフも、いい仕事をした。一部エピソードが円環状に結びつく構成に、やや強引にみえる部分もあるが、それもまあ許容範囲内のこと、としておこう。1時間51分。
★★★★
(映画評論家 白井 佳夫)
[日本経済新聞夕刊2012年8月24日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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