こまつ座「芭蕉通夜舟」祈りの心 三津五郎らしく

こっけいを人生の真実とするには、どうしたらいいか。松尾芭蕉の孤独な心をたどる井上ひさしの「独り芝居」が29年ぶりに再演されている。自身俳句に親しむ坂東三津五郎が創作の高みへ愚直に歩む芭蕉を演じて、見事。

芭蕉を演じる三津五郎(写真 谷古宇 正彦)

俳句のもとである俳諧は連歌から独立した座の文芸だ。連句を続け、36で区切ることを歌仙を巻くというが、舞台はその形式を借り、全36景で俳諧の大成者を描きだす。名句の生まれる瞬間をともに味わう座の演劇という趣向。

画俳一致、絵も句も心は同じと説いた芭蕉になぞらえれば、1時間40分のこの舞台、演俳一致の演劇による俳諧だった。歌仙で月と花を詠む順(定座)が決まっているように雪隠(せっちん)の座(便座)が繰り返し出る。絶対の孤独と人間の生理を見つめるこの座に立ちかえることで、俳諧の精神がひねりだされるしかけ。

もともと怪優、小沢昭一にあて書きされた。俳句に似て書きこみは案外薄い。話芸に俳味をあてこむ上演至難の作だろう。情味の濃い今回の芭蕉には三津五郎らしい祈りの心が宿るが、座を建立する話芸の勢い、高く悟って俗にかえる軽みはもっとほしい。

4人の黒子が芭蕉を見守る(写真 谷古宇 正彦)

俳句が先人の魂にするように、作者はセリフで芭蕉にあいさつする。野ざらし紀行で捨て子を見捨てる有名な話が、たまらず抱きあげる形に。施設に預けられた実体験がそうさせたか。無常な「宇宙意志」を見いだす芭蕉の孤影にもう1枚の優しさが加わる。

通夜船の場面。芭蕉役から転じる三津五郎の船頭が絶品だ。こっけいの真意は容易に継承されない。けれど、いつかその魂にあいさつする人が出るだろう。苦さをかみしめる井上喜劇の結晶ともいえる幕切れである。堀尾幸男美術、鵜山仁演出。

(編集委員 内田洋一)

9月2日まで、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアター。15日、大阪・西梅田のサンケイホール・ブリーゼ。19日、西東京市の保谷こもれびホール。22~23日、山形県川西町の川西町フレンドリープラザ。