イギリス帝国の歴史 秋田茂著各国との連関と競争から再考

2012/8/14

グローバルヒストリーという歴史学の潮流がある。もちろん今日のグローバリゼーションを受けてのものである。一言でいえば縦の流れよりも、横のつながりに重きをおいた歴史の再考のプロジェクトだ。著者は本邦におけるその旗手である。「比較」と「関係」が彼の口癖だ。英米の学界にも顔が広く、いわばグローバルヒストリーのグローバルな展開のキーパーソンでもある。

(中公新書・880円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 著者が専門とするイギリス帝国史は、グローバルヒストリーの主戦場のひとつだ。近代英国史は17世紀のアイルランド島への植民以来、最初から帝国的な拡張主義と不可分であり、アメリカ、インド、東南アジア、アフリカ、オセアニア、東アジアと公式、非公式に広がる帝国の多角的な連関を抜きにして理解することはできない。

 本書は新書という制約の中に、東インド会社とアジア間交易の連関、産業革命概念の世界史的見直し、自由貿易帝国主義論の積極的継承、ジェントルマン資本主義論、帝国とソフトパワー、ヘゲモニー衰退期の構造的権力論など近年の英帝国史の成果がバランスよくコンパクトに収められており、その意味で優れた教科書である。従来、オランダ、イギリス、アメリカの流れで論じられてきたヘゲモニー交替論の枠組みは機能や文脈が不変のヘゲモニーが覇権国間で継受されるかのように論じられがちであったが、アジアを中心に横の連関に注目することで、ヨーロッパ中心主義史観を脱しつつ、イギリス帝国の現代世界への固有の遺産を描き出すことに成功している。

 本書の視点は近年の中国やインドの発展の見方にも歴史的深度を与えてくれる。両国の社会がイギリスの植民地主義に歪(ゆが)められてきたことは事実だが、より長期的にみれば、前近代における両国の経済社会のダイナミズムがイギリス帝国とのかかわりを触媒として互いに連関・競争しながら発展したことが、今日の成長の素地にある。日本の発展もこの構図の外にあるものではなかったのだ。

 グローバルヒストリー入門として、現代的関心によく応えた好著である。

(立命館大学教授 山下範久)

[日本経済新聞朝刊2012年8月12日付]

イギリス帝国の歴史 (中公新書)

著者:秋田 茂.
出版:中央公論新社
価格:924円(税込み)

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