私の昭和史・完結篇(上・下) 中村稔著実社会を支えて立つ強靱な精神

2012/7/25

中村稔は、抒情(じょじょう)的な詩人であるとともに、特許や知的財産権などに関する弁護士である。前者がかれの本質であり、後者はかれの身すぎ世すぎである、とはいえない。むしろ、社会のなかでは弁護士そうして法律事務所の経営者として生きながら、それだけでは精神のバランスを失いそうになるわが身を詩という慰藉(いしゃ)が辛うじて支えていた、というべきかもしれない。

 中村は法律事務所での人間関係にふれながら、こう書いている。

 「私は各自が自由な意見を発表し合い、そうした意見の調和を求める以外に、事務所は存続できないと信じていた。それだけに、私には口に出すことのできない愚痴や嘆きが多かった。(中略)『空の岸辺』のような作品を書いて精神のバランスをとることのできた私は恵まれていた、というべきかもしれない」

 こういった中村の感慨は、詩と法律との相剋(そうこく)というより、詩の内的言葉と実社会との微妙な関係といえるかもしれない。実社会に生きてゆくのはすべての人間にとって必然であって、それゆえに詩は私にとっての慰藉として必要だったのだ、と。

 実社会に生きてゆくことを必然と考える中村は、革命に憑(つ)かれた人間に対して容赦がない。かれは昭和四十七年の連合赤軍事件に関して、こう書いていた。「アジトを転々としながら、彼らは『同志』たちを次々に総括した。総括は身の毛もよだつばかりに凄惨をきわめていた。私は、これは宗教なき、あるいは、救いなき、ドストエフスキーの世界だと思った」

 連合赤軍事件が「ドストエフスキーの世界」、つまり『悪霊』の世界だ、というのは、そのとおりである。しかし、かれらと同時代人であったわたしにとっては、中村のように突き放して「何と愚劣な集団だろうと思」うことはできない。愚劣というなら、革命に憑かれる人間それじたいが愚劣なのである。そうなのか。

 そんな“後世”の熱い反撥(はんぱつ)を引き出すほどに、中村稔という強靱(きょうじん)な精神は現代の実社会を支えて立っている。その強靱さは「昭和史」という枠組みを超えて生きている、というような気がした。

(評論家 松本健一)

[日本経済新聞朝刊2012年7月22日付]

私の昭和史・完結篇 上

著者:中村稔.
出版:青土社
価格:2,520円(税込み)

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