ローマ法王の休日
新鮮で堂々たる人間讃歌
ヴァティカンの教皇を選ぶ選挙が行われる。最高指導者の座を有力枢機卿たちが虎視眈々(たんたん)と狙っているのかと思いきや、意外にもみんな「どうか私が選ばれませんように」と祈っている。選出されたのはダークホースのメルヴィル。
さっそくバルコニーに出て、世界の信者に向けて挨拶しなければならない。ところがメルヴィル、自分には無理だと任務を放り出し、逃亡してしまう。
監督はイタリアのウディ・アレンの異名をとるナンニ・モレッティ。笑いのネタとして社会問題を積極的に取り込んできた。しかしこの作品の主眼は、指導力を失った法王庁の批判といった点にはない。てんやわんやの状況を暖かい視線で見つめながら、懐(ふところ)深い人間ドラマを作り上げている。
気弱な枢機卿メルヴィルを演じるミシェル・ピッコリの佇(たたず)まいが素晴らしい。大役に押し潰されそうになり、パニックを起こし、一人町をさまよう。途方に暮れた様子はまるで幼児のように無垢(むく)。そして逃避行は、これまでの人生は何だったのかという問いを老いた彼につきつけ、切ない味わいをかもしだす。
メルヴィルの帰還を待つあいだ、暇をもてあました各国の枢機卿たちがバレーボール大会に興じるといった、球技の好きなこの監督らしいおふざけもある。聖職者たちの体が躍動し、表情がほころぶ。一方、メルヴィルがさまよう市街の景色も、未知の活気に満ちて瞳を魅了する。画面には観(み)る楽しみがあふれている。
しかし物語は決して予定調和的な枠に収まらない。『英国王のスピーチ』を思い出させるような設定だが、辿(たど)りつく先はずいぶん違う。結末には賛否両論ありうるかもしれない。だが人間の弱さを潔く認め、丸ごと受け入れようとする態度において、これは『英国王~』に負けない、新鮮な、堂々たる人間讃歌(さんか)となっている。1時間45分。
★★★★★
(映画評論家 野崎 歓)
[日本経済新聞夕刊2012年7月20日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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