「もしや値上がり」手放せず

株式などは多数の市場参加者が同じ商品を取引するので公正な価格を見つけやすいが、不動産は一つしかない商品をほぼ相対で売買する。所有者が「待てば価格が上がると思えば、持ち主にとっての価値は実勢価格を大幅に上回る」と解説してくれた。

例えば道路に一定以上の幅で面していない土地では建築基準法上、建て替えが難しく価格は低くなる。しかし再開発計画が持ち上がれば優良地に化ける。前川さんは「所有者は値上がり期待がある限り手放さない。空き家の放置を防ぐには、周囲への迷惑に応じた税金を課すなどの新しい対策が必要でしょう」と言う。

明日香は不動産の価格を計算する専門家にも聞いた。日本不動産鑑定士協会連合会の常務理事、北條誠一郎さん(56)は、「不動産は個別性が強く『一物十価』と言われた時期もあります」と認める。周辺の取引事例や貸したときの収益見込みから値段をはじくが、鑑定士によって評価が異なることもあるらしい。

「親や自分が住んだことのある家なら愛着もある。不動産業者から相場を聞いても納得できず、持ち続ける人もいるでしょう」

「人の心理もカギね」。そう思った明日香は、心理が経済行動に与える影響に詳しい大阪大学の西條辰義教授に話を聞いた。「不確実性を避ける心理が影響しているかもしれません」と指摘した。人は手続きの煩雑さや法律上の問題が生じるリスクなどを嫌い、経済的に合理的な行動を取らない傾向があるという。

「一度自分のものになると評価が高くなる傾向もあります」。例えばある集団にマグカップを1人1個ずつ進呈し、それをいくらなら売るかを聞く。次に、別の集団に一定額のお金を配った後、同じマグカップをいくつ買うかを聞く。マグカップの平均的な「評価額」を計算すると、前者の方が高くなる。タダでも一度所有すると愛着がわくからだ。「親や自分が住んだ家なら売りにくくなるのは当然ね」と明日香は思った。

西條さんは「自治体など公平な第三者が仲介する制度があれば、空き家を売る人が増えるかもしれません」と推測する。利害のない立場の専門家に低料金で取引の適正価格を聞ける仕組みなどが対策になりそうだ。

事務所に帰ると、所長が趣味にしている骨董品の手入れをしていた。「そろそろ売ってはどうですか」と明日香が聞くと「愛着があるし、高値で売れるまで簡単には手放さないぞ」

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