K 三木卓著最も身近で不可解な他者の探究

表題のKは著者の妻を指す。72歳で癌(がん)で亡くなった。詩を書く者同士が25歳で結婚して以来47年。しかし、ふつうに同居していたのは最初の10年ほどだけ。小説家として順調に仕事をし出したころから、「ぼく」は自宅外に仕事場を与えられ、ていよく「隔離」されてしまう。

(講談社・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 想像されがちな「暴力」や「不倫」があったわけではないし、Kも「ぼく」を完全に拒絶しているわけでもない。Kが最後に頼れるのは「ぼく」しかいないことを、Kも「ぼく」も承知している。奇妙な夫婦だ。

 たしかにKは当初から自己中心的で、金銭感覚や生活常識にも欠けていた。だが、身勝手というのとも少しちがう。Kの内部には誰とも分有できない深く閉ざされた何かがあった。

 何がKを閉ざしていたのか。「ぼく」の記述がその謎の探究に向かうあたりから、小説は、ただの奇妙な夫婦の記録ではなく、小説の形を借りた他者の探究といった印象を強める。妻という、最も身近で最も不可解な他者の探究。

 東北地方の裕福な家の娘だったKは、生後間もなく里子に出された。養家であまりに愛されたがために、実家にもどっても自分の居場所を見出(みいだ)せなくなったことが彼女の孤独癖の原点ではないか、と「ぼく」は推測する。「ぼく」の探究の進展につれて、読者にも、Kという一人の女性のいたましさ、そのいとおしさが、しっかりと伝わってくる。そこに、この作品のかけがえのない力がある。

 5年近くに及ぶ癌との闘病の果てに、ほとんど意識のないKの手を握って「ぼく」が「しっかり乳母(がっか)のことを思え」と呼びかけ、Kが何度もうなずく場面は感動的だ。「乳母(がっか)」とはとうに亡くなった彼女の養母である。

 けれども、「ぼく」の語り口は最後まで軽快なユーモアを失わない。自分も含めた人間というものを、小さな存在、愚かな存在、それゆえに愛すべき存在、と見るまなざしがあるからだ。バランスのとれた人間観察と、ひそかな断念と、素早く回転する批評精神とが同居している。そのユーモアが、読者の心も開いてくれる。

(文芸評論家 井口時男)

[日本経済新聞朝刊2012年6月24日付]

K

著者:三木 卓.
出版:講談社
価格:1,575円(税込み)


今こそ始める学び特集
今こそ始める学び特集