それをお金で買いますか マイケル・サンデル著米社会の「公正」と「腐敗」考える

2012/6/26付

この世にはお金で買っていいものと、買ってはならないものがある、と私たちはなんとなく思っている。たしかに、赤ちゃんをお金で取引してはならない。しかし腎臓や卵子を売買することについてはどうだろうか。あるいは良い成績を取った生徒に、学校が報奨金を与えるのはどうだろうか。

(鬼澤忍訳、早川書房・2095円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 実際、米国の一部の州では、卵子はすでに合法的に売買されているし、生徒への報奨金についても、すでにいくつかの学校で実施されている。サンデルは、主に米国でなされている「それをお金で買いますか!」という実例を数多く紹介して、その功罪を点検していくのである。

 本書で紹介されている、あらゆるものを売り物にしようとする米国社会の実態は、まことに驚くべきである。ユニバーサルスタジオでは、二倍の料金を払えば、アトラクションに並ばずとも行列の先頭に割り込むことができる。特別料金を払うと清潔な独房に入ることのできる刑務所もある。

 このような社会の趨勢に対して、サンデルは二つの点から疑義を差し挟む。ひとつは「公正」という観点からの疑問である。たとえば腎臓を売買してよいということになると、自発的な売買という美名のもとで、実際には、他の選択肢がない貧しい境遇の人たちが腎臓というかけがえのない人体の一部を奪われていくことになる。

 もうひとつは「腐敗」という観点からの疑問である。腎臓を売買することは、人間を予備部品の集まりとみなし、人間を物質化することによって、真に大切にすべき規範(生命観)をどこまでも腐敗させていくのだ。

 サンデルは、この「腐敗」という側面にもっと注目しなければならないと主張する。この世には、お金と引き替えにすることで、必然的にその本質が失われて腐敗していくようなものがたくさんある。そのような腐敗など取るに足らないものだとして、あらゆるものを市場に取り込もうとする社会に私たちは突入しようとしているが、その魔の手を食い止めるためには、冷徹な知性によって敵の本質を見定めておく必要があるとサンデルは熱く語るのである。

(大阪府立大学教授 森岡正博)

[日本経済新聞朝刊2012年6月24日付]

それをお金で買いますか――市場主義の限界

著者:マイケル・サンデル, Michael J. Sandel.
出版:早川書房
価格:2,200円(税込み)