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三重・明和町 平安皇女の暮らし追体験 十二ひとえ試着、食事も

2012/6/23 日本経済新聞 夕刊

平安時代を中心に約660年間、皇族の未婚女性を天皇の名代として伊勢神宮に派遣する制度が存在した。「斎王」と呼ばれた皇女が住んだ場所が、現在の三重県明和町にあった「斎宮」。「いつきのみや」とも呼ばれ、今も発掘が続いている。今年1月には「いろは歌」を書いた土器の破片が見つかったことがニュースになった。周辺には十二ひとえの試着体験など当時を追体験できる施設も少なくない。

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「斎王まつり」では都から斎宮までの旅「斎王群行」を再現

近鉄松阪駅から各駅停車で4つ目。降り立った駅はその名も「斎宮」だ。実は駅自体が史跡のほぼ中央に位置するという。駅の北側に回ると、右手に薄茶色の特殊な舗装が施された太い道が走っている。現在、斎宮の施設を一部再現する計画が進んでおり、その第1弾としてこの道が当時のように整備された。

道を進んだ右手の線路近くでは、2010年の発掘で「いろは歌」が書かれた土器の破片が発見された。その後の調査で11世紀末から12世紀前半の平安後期のもので、ひらがなで書かれたいろは歌としては日本最古と判明。三重県立斎宮歴史博物館の泉雄二調査研究課課長は「いろは歌が成立して間もないころにここまで伝わっていたことを示す」と説明する。発見場所から線路を挟んで現在は神社がある辺りは、斎王が住んだ「内院」があったと推定されている。

整備地区の北側では、7月末までの予定で第176次調査が行われている。現場を訪れると、約240平方メートルの区画で20人ほどの作業員が表面土を慎重に除きながら発掘を進めていた。「柱があった所は周囲と別の土で埋まるため、土の色の違いなどから柱の位置を割り出していく」(博物館調査研究課の水谷豊主査)。現場は道路に面していて、大人数でなければ予約なしで見学できる。

駅北側の「歴史ロマン広場」には斎宮を10分の1で屋外に再現した模型もある。東西2キロ、南北700メートルの史跡が一辺120メートルの計画的な地割りで構成されていることがよく分かる。

同広場周辺を会場に毎年6月、「斎王まつり」が開かれる。ハイライトが「斎王群行」で、斎王が京の都から斎宮まで供の女官らと旅した様子を再現し、当時の衣装姿で練り歩く。今年は3日に行われた。

駅の北西にある斎宮歴史博物館は斎王制度の歴史を様々な角度で紹介しているが、目を引くのが実物大で再現された斎王の居室。壁があまりなく、布のついたてだけでプライバシーを確保していた当時の様子がうかがえる。重要文化財の土器も数多く展示している。

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