家で完全に透明な氷は作れないのかと落ち込む記者に、伊藤さんは「手間がかかりますが、製氷キットを自作したらどうですか」と提案してくれた。製氷会社と同じ原理を家庭にも応用することができるという。
用意するのは大きく3つ。深さが12センチ以上ある冷凍可能な容器と断熱材、観賞魚の水槽用の水中ポンプだ。ホームセンターで約3000円かけてそろえた。
水がゆっくり凍るように、プラスチックの容器に断熱材を巻き、容器内の温度を上げる。容器の底にも冷気が入り込むように、割り箸を敷いて底上げする。その容器を冷凍庫の中で底部からじわじわと凍らせ、不純物を上に押し上げていく。さらに水中ポンプで水を対流させて表面が凍るのを防ぎ、水から分離した不純物を空気に放出させるという仕組みだ。
大きな装置のため、冷凍庫に入るか不安だったが、庫内を整理して何とか押し込んだ。水中ポンプの電源コードを外にだして閉め、後は待つだけだ。
24時間後、冷凍庫から取り出してみてがっかり。底が凍らずに表面に氷が張っている。どうやら水中ポンプを設置する場所が低すぎ、水面部分が対流していなかったようだ。水面ギリギリにポンプの口がくるように調整して、再度挑んだ。
さらに1日後、ドキドキしながら断熱材を外す。今度は表面は凍っていない。底にできた5センチほどの氷の層を慎重に取り出す。キラキラと輝く完全に透明な氷だ。店で売っている氷と比べても遜色ない。
早速、完成した氷をグラスに入れてウイスキーを垂らす。2週間、妻からの冷たい視線を受けながら冷凍庫を占領し続けたかいがあった。自分で作った氷で飲む酒の味は格別だ。その後、花びらや葉っぱを入れた氷の器も作ってみた。
今回は製氷キットを使って透明な氷を作ったが、大型の容器や水中ポンプまでそろえるのは面倒だと思う人もいるだろう。そんな場合は、沸騰した水を入れた製氷器を断熱材でくるみ、底部に割り箸を置いてゆっくり凍らせる方法がおすすめだ。透明度の高い氷を手軽に作ることができる。
夏場に氷を求める日本人の思いは深い。冬にできた天然氷を保存する氷室(ひむろ)は、日本書紀にも記述されているという。江戸時代には加賀藩が氷室に保存した氷を将軍家に献上すべく、毎年飛脚を使って約500キロの道のりを運んだ。
かつては一部の権力者しか味わえなかった夏の氷。歴史を振り返りながらグラスに浮かぶ自作の氷を眺めると、少しぜいたくな気持ちにひたれる。
(田中裕介)
[日経プラスワン2012年6月16日付]