新国立劇場「サロメ」勝ち気な少女の愛憎の葛藤

オスカー・ワイルドの「サロメ」が平野啓一郎の新訳、宮本亜門の演出で上演されている。サロメは、日本では松井須磨子以来、主にファムファタル(宿命の女)として演じられてきているが、この舞台では思春期の少女のアンビバレント(反対感情両立的)な愛憎の葛藤がもたらす悲劇として描かれている。

ユダヤの王ヘロデ(奥田瑛二)は、実の兄を殺し妃(きさき)のヘロディア(麻実れい)を妻としたが、娘のサロメ(多部未華子)の美貌の虜(とりこ)となっている。サロメは幽閉されている預言者ヨカナーン(成河(ソンハ))に情愛を向けるが、ヨカナーンはサロメを拒否する。自尊心を傷つけられたサロメは、踊りの見返りにヨカナーンの生首を要求するのだった。

出演者は現代的な服装で登場。舞台奥の宮殿宴会場にいるサロメがテレビ画面に映し出されて始まる。舞台下の牢(ろう)にいるヨカナーンは世の中へ激烈な警告を発する。宮殿のテラスの周りを囲む堀は、サロメがヨカナーンやヘロデと相対して言葉を交わす時、理解を隔てる溝の象徴となる。

サロメの踊りは悪ふざけのようで少しあっけない。見せ場でもあり、濃厚に味わいたいところ。サロメはこれまで妖艶で魔性を持つ女と見られてきたが、今回は若い多部の起用で、甘やかされて育った利かん気の少女がヨカナーンへの思いを遂げる。上演史に新たな一ページを加えたが、現代の状況とどう切り結んでいるのか、踏み込んだサロメ像を提示してほしかった。

サロメに片思いする隊長の自殺に始まり、テラスは血の海に染まっていく。その中で陶酔に浸り生首にキスするサロメの姿が不気味に浮かび上がる。美術(伊藤雅子)の趣向が印象に残った舞台だった。17日まで、新国立劇場中劇場。

(編集委員 河野孝)

注目記事
今こそ始める学び特集