朝の霧 山本一力著陰湿極める「男の嫉妬」

(文芸春秋・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

作者の故郷土佐を舞台にした初の戦国ものである。主人公は、その知謀故に、長宗我部元親との戦いを休戦に持ち込んだ波川玄蕃(はかわげんば)。さらに彼は元親の妹・養甫(ようほ)を妻に――。

 が、悲劇は思わぬところに口をあけて待っていた。戦国ものといっても作者のこれまでの作品同様、“男の器”がテーマになっているが、これと同等の、いや、或(ある)いはそれ以上の比重をもって描かれているのが、“男の嫉妬”である。

 作者いわく――「玄蕃を得た元親が、いかに果報者であるかを武将たちは言い募った。言われ続けるうちに、元親の顔つきは歪(ゆが)み始めた」と。

 何がコワイといって“女の嫉妬”よりコワイのは“男の嫉妬”である。それは、より陰湿を極める。従って、玄蕃の“器量”を真に理解し得るのは、元親よりも、戦場で刃を交える、毛利元就の三男、小早川隆景(たかかげ)であったりする。そして理不尽にも玄蕃は謀叛(むほん)の疑いをかけられ、詰め腹を切らされてしまう。

 本書が泣かせるのは、その後にも1章あることでラストの数ページはたまらない。文体も戦国の非情さをよく伝え、玄蕃夫婦と子供たちを描いた箇所のみあたたかい血が通うようだ。

★★★★★

(文芸評論家 縄田一男)

[日本経済新聞夕刊2012年5月9日付]

★★★★★ これを読まなくては損をする
★★★★☆ 読みごたえたっぷり、お薦め
★★★☆☆ 読みごたえあり
★★☆☆☆ 価格の価値はあり
★☆☆☆☆ 話題作だが、ピンとこなかった

朝の霧

著者:山本 一力.
出版:文藝春秋
価格:1,575円(税込み)


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