2012/5/11

おでかけナビ

準備は整った。4月中旬から月末にかけて、井手さんのリストにある24カ所をすべて訪ねることにした。1日では無理なので、地域ごとに3~6カ所ずつグループ分けして歩く。富士見坂のなかには、日ごろ何気なく通過している場所も意外に多い。

電車やバスを乗り継ぎ、ひたすら歩いた。秋冬の富士見シーズンから外れていたからか、同好の士に会うこともない。週間天気予報が曇りか雨続きだったのも影響したにちがいない。

24カ所すべてを歩き終えると、地理的には当然だが富士山のある南西に向かい、急勾配で視界のよい坂が多いことがわかった。かつて見えただろう富士山の姿が想像できた。雲に遮られた今は、なかなか見えないが……。

結局、23区にある24カ所の富士見坂のうち、今も富士山を望める可能性が大きいのは、4カ所のようだ。

代表格はJR西日暮里駅から5~6分ほど歩く富士見坂。シーズンにはカメラマンで埋まる人気スポットだ。富士山をイメージした装飾街灯や案内板が並び、眺望を大切にする地元の思いも伝わる。ただ近隣の人に聞くと、ビルやマンションの建設で富士山が遮られ、今や「消滅」の危機にあるという。

文京区大塚の富士見坂上から護国寺方面を見下ろすと、ビルの合間に富士山の斜面が見える日がある。井手さんによれば、足立区の新しいふじみ坂や、世田谷区岡本3丁目の坂(別名・富士見坂)でも観測実績がある。

北限福島から西端は和歌山

富士見坂は東京だけでなく、関東各地に存在する。試しにさいたま市や横浜市にある富士見坂も訪れてみたが、曇天が続いたこともあって富士山は望めなかった。富士見坂の旅は果てしない。

では富士山はいったい、どれくらい遠くから見えるのか。田代さんによると、富士山が見える北限は福島県の阿武隈高地。証拠写真がある最も遠い北の地点は、富士山から約299キロメートルの日山だ。距離はやや近いが、緯度で北なのは麓山だという。

最西端は和歌山県の色川富士見峠。富士山から322.9キロメートルも離れている地点で写真が撮影された。「地殻変動が起こらない限り、理論上もこれ以上遠望の場所はない」(田代さん)

富士山までの距離や途中を遮る地形、地球の丸さなどを考慮して可視範囲を計算できる地図ソフトを使い、田代さんは「全国富士見マップ」も作っていた。気象条件や樹木も影響するが、富士山を望める可能性があるのは、福島県から和歌山県まで20都府県に及ぶ。

富士山の魅力は人を引きつけてやまない。

記者のつぶやき
 富士見坂をキーワードに街を歩いたが「富士見」にも「坂」にも様々な楽しみ方があることに気付かされた。「富士見坂」の名ではなくても、ちょっとした坂道から富士山が見えることも多い。
 文学作品や落語に登場する坂や一風変わった名の坂(幽霊坂や蛇坂)を訪ねたり、散策中に趣ある店に出くわしたりするのも面白い。大型連休も終盤。残りわずかの休日、街歩きに繰り出すのも一興だろう。
(河野俊)

[日経プラスワン2012年5月5日付]

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