白物家電の神話 原克著個別の技術的伝統にみる文化史

2012/4/25

この本には、ロラン・バルトの〈神話学〉の着想が全体を通底しているようだ。物そのものの直接的意味をみるだけではなく、それが触発する周辺的な意味表象の記号論とでもいうべきものを作ること。それを著者は、「白物家電」の歴史という個別具体例に基づいて展開してみせる。相変わらずの切り口の面白さだが、それは家庭電化製品の考古学であるだけではなく、それを前にした同時代人の想像世界や憧憬、生活スタイルを統括していた暗黙の規範にまで関わってくる。そもそも話の起点がなかなか面白い。電気という目に見えない不思議なエネルギーがまだ社会に周知ではない状況下で、例えば電気を利用した農作物の生産増大計画が出現する。エレクトリック・バナナ計画である。

(青土社・2200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ただなんといっても秀逸なのは、この本で最も詳細に跡づけられている冷蔵庫の史的展開の様子だ。氷で冷却する冷蔵函(はこ)が家庭に設置される際に採用された木目調のデザイン。いわば家具としての冷蔵函に、外付けの冷却装置が付き、やがて徐々に冷蔵庫に取って代わられるという事実。しかも伝統的な家具の雰囲気を与える落ち着いた木目調から、琺瑯(ほうろう)製の白に移行するというその歴史的過程の、物質的意味と文化的意味の分析。著者の筆が冴(さ)え渡る部分だ。

 白は清潔感の象徴だが、それ以外にもそれは科学者の白衣の白であり、寒気団の色でもある。それは衛生的で科学的、そして雪のように冷たいのだ。琺瑯製のすべらかな手触りを楽しみ、内部装置の技術的意味にもそれなりに習熟した工学系主婦が台所にいる風景。台所がいわば工場のようになる。同時に、家庭は電力ネットワークに否応(いやおう)なく従属する羽目になる。ともあれその女性は、電化製品を使いこなし、モダンライフを文字通り享受することで、他者からの差異化を実現する。

 一つの技術的伝統を追いかけながら、同時に文化的、社会的、政治的含意にまで眼差(まなざ)しを広げ、その複雑な意味を巧みに腑分けしていく著者の手並みを、読者は堪能することになる。文化史に興味のある人には是非一読を勧めたい。

(哲学者 金森修)

[日本経済新聞朝刊2012年4月22日付]

白物家電の神話 モダンライフの表象文化論

著者:原克.
出版:青土社
価格:2,310円(税込み)


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