明治百年 小野俊太郎著現代日本の起点としての重み

2012/4/17

高度経済成長期の「明るい日本」を演出した国家イベントとして、1964年の東京オリンピックと70年の大阪万博は誰でも知っている。だが、この二大イベントの間に行われた、68年の国家行事「明治百年祭」が回顧されることは少ない。68年関連の政治文化史でスポットが当たるのは、大学紛争・全共闘運動である。

(青草書房・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 しかし、私たちの歴史意識の起点として明治百年祭は決定的な重みを持っていたのではないか。当時、多くの進歩的歴史家が政府主導の明治百年キャンペーンを批判した。佐藤栄作内閣が前年に実現した「建国記念の日」祝日化と結びつけてイベントの反動化的性格を問題視したのだ。しかし、明治維新の「王政復古」がその字面とは反対に「文明開化」を意味したように、保守政権の歴史イベントは反動化よりも近代化を志向しており、つづく田中角栄内閣の「日本列島改造」への踏切板となったと見ることも可能である。

 もちろん、政府行事より本書が詳しく紹介する民間のさまざまな動きが重要だろう。明治百年を意識して、68年のNHK大河ドラマは「竜馬がゆく」となった。「坂の上の雲」の新聞連載も始まり、司馬遼太郎は「国民作家」となる。

 狭義の文化シーンばかりではない。郵便番号制度など情報化、公害の社会問題化など、68年は現代化の起点だった。本書は、忘れられた明治百年を切り口にした、現代日本文化論となっている。

 68年にはマンガ「あしたのジョー」の連載、アニメ「巨人の星」の放送も開始されるが、劇画「ゴルゴ13」の持続的な人気を著者はこう分析している。

 「ゴルゴはいつも契約を守るプロであり、裏方として歴史の陰に隠れている。『プロジェクトX』のような番組が理想とする、高度な技能をもちながらもそれにおごらず、職人的なこだわりと誠実さをもつ技術者像とどこか共通点をもつ。」

 その上で、現代の私たちが映画「三丁目の夕日」などに感じる「60年代」へのノスタルジーを、60年代の人々が「明治」に感じていたことも正しく指摘されている。記憶とは別の何かの忘却と一体であることを本書は教えてくれる。

(京都大学准教授 佐藤卓己)

[日本経済新聞朝刊2012年4月15日付]

明治百年―もうひとつの1968

著者:小野 俊太郎.
出版:青草書房
価格:2,625円(税込み)


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