世田谷パブリックシアター「サド侯爵夫人」欲望に呪縛された言動描く

作者三島由紀夫は「サド侯爵夫人」で何を言いたかったのか。舞台を見るたび、そんな疑問を持ってきたが、今回の舞台で見えたのは、主人公は、語られるだけで姿を現さないサド侯爵、つまりは目に見えない「大いなる欲望」の象徴で、6人の女性の登場人物はその力に呪縛(じゅばく)され、動かされているのだという構図である。

フランス革命前後の貴族社会を舞台にした戯曲は、過激な性行動で投獄されたサド侯爵をめぐる夫人のルネ(蒼井優)、ルネの母のモントルイユ夫人(白石加代子)、サン・フォン伯爵夫人(麻実れい)らの闘争的な言動を描く。

演出は狂言師の野村萬斎で、晩年の三島が抱いた閉塞感と、劇中のサド侯爵と6人の閉じ込め閉じ込められる関係を相似的に捉えている。それが、壁に囲まれた舞台美術(島次郎)に結実する。

華麗な修辞にあふれたセリフを身体にしみこませるため俳優は極限状況に置かれただろう。その結果、アングラ演劇、宝塚など俳優各自が育った環境で身につけた演技術もあらわに、語りの言葉を立ち上げている。

芝居の極限は「セリフだけがアクションであること」と述べた三島が想定しているのは言葉と言葉の対決である。今回の舞台では時々、感情移入した会話劇の様相を呈する時があって、劇の緊迫度が希薄になる。

最終場面、ルネはオーラが消えたサド侯爵に会うのを拒絶、修道院入りを決心する。人間宣言で神性を失った戦後の天皇制に否定的だった三島を思えば、ルネは三島だったのだ。世田谷パブリックシアター、20日まで。

(編集委員 河野孝)