アリラン
監督の葛藤、内面のドラマ
映画を撮るとはどういうことなのか――。映画の作り手なら一度は自問したことがあるにちがいない。そんな自省の念に駆られた韓国のキム・ギドク監督の新作であり、自らビデオカメラを持って自分を撮影した個人映画である。
前作「悲夢」の撮影中に1人の女優が危うく命拾いをする事故を体験した監督は、その事件をきっかけに映画を撮ることができなくなり、山間の町はずれに建つ山小屋に引き籠ってしまう。そして厳冬の季節、小屋の中にテントを張って寝起きしながら孤独な日々を送る。
そんな監督の姿を、カメラは映し出す。ストーブに薪をくべ、煮炊きをし、好物のコーヒーを淹れ、カメラに向かって悲痛な胸の内を語りかける。巧みにカット割りした映像の流れは、監督が劇映画の演出家であることを改めて明かすが、典型的なセルフ・ドキュメンタリーの香りが強い。
むろんそれだけでは終わらない。ギドク監督の描く世界はいつも一筋縄ではいかないほど個性豊かであるが、ここでも同様だ。やがて自分の思いを吐露する監督に、「映画を撮れ」と励ます第2のギドク監督が登場して対話を始める。さらに2人のやりとりをモニターで見ながら客観的に語る第3のギドク監督も登場。映画は複雑な様相を呈するようになる。
映画を撮ることができない。でもやはり映画を撮りたい。そんな監督自身の葛藤する心情が分身を生み出し、入れ子状態で多重化することで、セルフ・ドキュメンタリーの境界を超えて内面のドラマに昇華する。
後半に引用される自作の「春夏秋冬そして春」の山登りシーンは、天上の火を盗んで罰を受けるプロメテウス神話を想起させるが、そこに流れる「アリラン」の歌の痛々しいまでの響きは、監督の苦悩を象徴するようで胸に沁(し)みわたる。1時間31分。
★★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2012年3月2日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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