象徴天皇の源流 今谷明著歴史貫く「権力」と「権威」の関係

2012/2/29

書名に使われている「象徴天皇」という用語は、読者には日本国憲法第一条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある条項によって馴染(なじ)み深い言葉である。しかし、それならば「象徴」とは何かとなると、とたんに曖昧模糊(もこ)として正体がつかみにくくなる。それが象徴たるゆえんだという説まである。

(新人物往来社・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書の著者である今谷明氏は、その語義を「英国議会制度にいわゆる『君臨すれども統治せざ』る君主の意」と明確に規定する。著者は、「天皇家」と「執政家」という対立と相互依存の関係を日本の政治史の機軸に取る。

 歴史のある時期から天皇は直接統治せず、みずから「権力」を行使せず、代わりに不可侵の「権威」をもって君臨する。あらゆる「権力」は「権威」の助けなしにはたんなる物理的強力にすぎない。

 両者の対立軸は、日本の歴史過程をさまざまなヴァリエーションをもって貫いている。太古の宗教的女君と行政的男君、古代における天皇と大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)、平安時代の天皇と藤原摂関家、中世の京都朝廷と武家幕府、幕末期には尊王攘夷(じょうい)派と佐幕勢力との抗争等々というふうに、多様な現れをするけれども、その根底にはいつも「権力」と「権威」との激烈なせめぎあいがあった。

 情勢の成り行き次第では、天皇家が直接権力の行使を望むこともないとはいえない。いわば「権威」が下落するのも承知の上で、なりふり構わず「権力」それ自体になろうとする時がたまさか訪れる。歴史上何度か起こる「天皇親政」の試みとその失敗が、結果的に天皇家の生き残りにプラスしてきた。

 本書は、後鳥羽上皇が政権を鎌倉幕府から奪還しようとして失敗した承久の乱(1221)で端折(はしお)られているので欲求不満が残るが、問題は必ずしも歴史的過去完了のうちに完結していない。じつは1945年の敗戦から始まる「象徴天皇制」こそいちばん新しい「天皇不親政」の始まりであり、最近伝えられる天皇家の難境は、まさしく「権威」喪失の危機と結びついているからである。

(文芸評論家 野口武彦)

[日本経済新聞朝刊2012年2月26日付]

象徴天皇の源流

著者:今谷 明.
出版:新人物往来社
価格:2,520円(税込み)


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