星月夜 伊集院静著震災以後の力強いミステリー

2012/2/7

帯に“新しく、何かに挑もうと決めた。初めての推理小説を書くことにした”とあるけれど、警視庁の鑑識課のメンバーを中心にした事件捜査はなめらかで、なかなか堂にいっている。とくにたたみかけるラストの展開がいい。スピードがあがり、どのようにして犯人に到達するのかの昂奮(こうふん)が生まれてくる。これぞミステリーだ。

(文芸春秋・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 事件は、東京湾での身元不明の若い女性と老人の遺体の発見からはじまり、やがて岩手出身の専門学校生と島根に住む元鍛冶職人であることがわかる。二人を結ぶものは何なのか。犯人の動機とは。

 この作品が力強いのは、東日本大震災は出てこないけれど、明らかに大震災以後の物語になっていることだ。作家はいたずらに被害者の家族を悲しみの淵まで追いやることはしなかったが、大震災で、等しなみに命を奪われ、誰にも理不尽な不幸が襲いかかることを知った。手加減は嘘くさく、時にひどく冷酷にならざるをえない。

 例えば被害者の専門学校生の家族は農業を営む祖父しかいない。祖父は息子夫婦を山津波で失い、今度は生き甲斐(がい)だった孫娘を失う。それは元鍛冶職人の唯一の家族である孫娘にもいえて、事件は彼女にも大きな痛手を与える。いったい何故(なぜ)そこまで悲しみを与えるのだと思うかもしれないが、それこそが大震災の現実なのである。

 帯にはまた“1961年『砂の器』、1963年『飢餓海峡』、そして2011年――社会派推理小説の傑作誕生!”とあるが、社会的な問題を強く訴える作品ではない。しかし物語がたたえる悲しみは大震災後の日本人の内面に深く響きわたる広がりをもつ。

 作品が広がりをもち成果をあげているのは、ジャンル・ミステリー的な書き方(刑事を中心とした警察捜査小説)よりも、より人物の感情に寄り添い、人生の苦悩を描くことに重きを置いていることもあるだろう。とりわけ孫娘の死を悼む老人と、その悲しみによりそう刑事たちを描くラストシーンはいつまでも読者の胸に残るにちがいない。忘れがたい秀作だ。

(文芸評論家 池上冬樹)

[日本経済新聞朝刊2012年2月5日付]

星月夜

著者:伊集院 静.
出版:文藝春秋
価格:1,785円(税込み)


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