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静岡・奥浜名湖 埋もれていた名庭園石組みは冬こそ迫力

2012/1/28

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浜名湖の北、奥浜名湖と呼ばれる地域には、歴史の中でいったんは埋もれながら見いだされた名庭園が点在する。浜松市の山里にひっそりたたずむ寺で、神仙思想を色濃く映す蓬莱(ほうらい)庭園を味わった。

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摩訶耶寺の庭園。不老不死の理想郷を表現している

浜名湖の湖畔を走る天竜浜名湖線。1時間に1本、1両編成の電車を待ち、冬の柔らかな日差しを受ける湖を眺めながら三ケ日駅に着く。最初に向かったのは、ひなびた里に立つ摩訶耶寺(まかやじ)。

この寺の庭園は、明治以降50年以上も放置され埋もれていた。庭を発見したのは、東名高速道路のトンネル工事のために同地を訪れた検査技師、水島信一さん。1967年のことだ。趣味で庭の研究を続けていた水島さんは、仕事の合間に地元の庭園を訪ね歩いていた。ある日、道を間違え摩訶耶寺に迷い込み、垣間見た石組みにはっとした。

早速、所属する日本庭園協会に報告した。そのとき庭は荒れ放題。竹やぶがしげり、池は泥で埋まっていた。食糧難の時代には田んぼとして使われたとか。戦後に檀家がコンクリートの電信柱で池に橋までかけていた。発見後、研究者が復元図を描き、学生ボランティアが汗を流し、庭はほぼ元の姿を取り戻した。

生け垣を抜け庭に向かうと、穏やかでしんとした世界が開ける。人影ひとつない庭に山から鳥のさえずりが聞こえてくる。「蓬莱庭園」と呼ばれる庭は、海のかなたにある蓬莱山、仙人の住む不老不死の世界を表したもの。池手前の石組みは、険しい山の連なりを表す。池に浮かぶ島は仙境という見立てだ。海にこぎ出さんとする亀、飛び立つ鶴を石で表現。奥浜名湖地方の名園はいずれも、こうした蓬莱を表す。

作庭は平安末期から江戸初期までといわれるが定かでない。作者も未詳。しかし庭園研究家の重森千青さんは「傑出した構成力」と評する。単品では見向きもされない石ながら、巧みな組み合わせで雄大な自然を表現する。今は住職の本田忍昭さんが自ら毎日手入れをして庭を守る。「冬枯れの今こそ、石組みが最も迫力を見せる」。愛好家は、あえて花も緑もない時期に足を運ぶという。

遠州の自然を借景とするのも、この地方の庭の特徴だ。

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