ヒミズ
震災後のリアリティ
「ヒミズ」は、園子温(その・しおん)監督が古谷実のマンガを自分のシナリオで映画化した、漂流する価値観喪失の時代の日本で生きる、いわば中学生のロミオとジュリエットのドラマである。
若々しくひたむきに、肉体的な存在感を賭けてこの役をやった染谷将太と二階堂ふみがこの映画を支えてヴェネチア映画祭で新人俳優賞をダブル受賞した。
東日本大震災にふみにじられたある町の池のほとりに、ポツンと貸ボート屋がある。そこで暮らす少年と、彼を追ってやってくる同級生の少女の周囲を、暴力と不条理にみちた大人たちの世界が取りまいている。
少年を殴り金をせびる父親(光石研)と、男と出ていった母親(渡辺真起子)。少女を痛めつける母親(黒沢あすか)。震災で総(すべ)てを失った初老の男(渡辺哲)や中年男(吹越満)。借金の取りたてにくるヤクザ(でんでん)や、その若い衆(村上淳)。そして若いスリの男(窪塚洋介)などの、多彩な人物群だ。
そこで飛びかう怒号や流血の暴力がまた、何ともすさまじい。だが、この監督の前の2作「冷たい熱帯魚」と「恋の罪」のように、過激な血みどろシーンやサディズムのシーンなどが、単眼的にそれ自体で完結してしまい、日本の風土から浮きあがってしまっているような不自然さは、ぎりぎり回避されている。
その原因は、この映画が背景にリアルにとりこんだ大震災後の東北の惨状のリアリティ、というものだろう。それと、何人もの人間の死の悲劇を経てもなお自分たちは生きていかねばならぬ現代日本のロミオとジュリエットと、それを核にして大きく拡(ひろ)がっていく、複眼的な人間集団ドラマの層の厚さであろう。
「ヒミズ」とは漢字で「日不見」で、モグラのことだ。真っ暗な土の下で生きる。2時間9分。
★★★★
(映画評論家 白井佳夫)
[日本経済新聞夕刊2012年1月13日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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