師弟のまじわり ジョージ・スタイナー著教育の意味を雄弁に解き明かす

2012/1/11付

教育はいつの世でも大きな問題だが、いまほど教師の質や役割が問われている時代はないのではないだろうか。そんなときに、ジョージ・スタイナーの『師弟のまじわり』は特に読まれるべき本だろう。ハーヴァード大学の連続講義を一冊にまとめたこの書は、まさに師弟の関係について、西欧文化を縦横無尽に駆け巡りながら論じたもので、芸術や学問にとって師弟関係がいかに決定的な意味を持ってきたかを雄弁に解き明かしている。

(高田康成訳、岩波書店・3000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 著者はギリシャ・ラテン語から英独仏語に至るまで自由に読みこなし、ヨーロッパ文化全体を自分の庭のように知りぬいた批評家である。ピュタゴラス、ソクラテスから、アベラール、ゲーテ、フローベール、ニーチェなど、西洋の例が次々に取り上げられるのは当然としても、目配りは他の分野や地域にも及ぶ。ピアニストやフットボールのコーチ、さらには川端康成の小説『名人』までここには登場し、著者の華やかな博識ぶりにはめまいを覚えるほどだ。

 そういった著書だけに、内容を簡潔に要約することはほとんど不可能だが、全体を通じて強調されていることを2点に絞って紹介すると、まず、師弟関係は必ずしも調和のとれた友好的なものばかりではなく、師のカリスマ性とそれに引き込まれたり反発したりする弟子の間に悲劇的な対立や裏切りが生ずる場合が多いこと(たとえばフッサールとハイデガーの関係)。第二に、師弟関係は(特に男女の場合)エロスの領域に踏み込み、しばしば禁断の男女関係に発展するが、知的探求心と性的願望は本来切り離せるものではないということ。「セクハラ」ばかりを問題視する最近の風潮に、スタイナー氏はむしろ強く批判的である。

 師弟関係を論ずることは、結局のところ、学問や文化の発展と継承を論ずることである。並大抵の知力ではできない。ヨーロッパ文化の博学な最後の砦(とりで)ともいうべきスタイナーだからこそできた離れ業であろう。現代の知的潮流についていけない保守的な「頑固親父(おやじ)」のような側面も含めて、貴重な本だと思う。

(東京大学教授 沼野充義)

[日本経済新聞朝刊2012年1月8日付]

師弟のまじわり

著者:ジョージ・スタイナー.
出版:岩波書店
価格:3,150円(税込み)