「今日はケーキを持ち寄り、男同士でパーティーです」。近所の大学生の話に所長がエッと声を出した。「そういえば、甘い物好きの『スイーツ男子』が広がっていると聞いたぞ。なぜだ」。所長は部下の探偵、松田章司に調査を命じた。
大学の体育会部員に「スイーツ男子」が広がっているとの情報を得た章司は、早稲田大学野球部のグラウンドに向かった。投手の宋世羅さん(22)は練習後、毎日ゼリーやチョコレートを食べる。マネジャーの深田賢一さん(22)もプリンなどを欠かさない。「ストレス解消に最適です」
■節制に疲れる
インターネットを検索していると、甘い物好きが集まる「男子スイーツ部」というサイトを見つけた。登録する会社員、昼川貴寛さん(30)は菓子店巡りが趣味で、しばしば自分でも作るそうだ。サイトを運営するニフティの関根康人さん(31)は「スイーツ代に月10万円かけたり、都内から京都までわざわざ食べに出かけたりする人がいます」と教えてくれた。
広がりを確信した章司は食生活を研究する電通総研の黒川翔永さん(24)を訪ね、理由を聞いた。「コンビニエンスストアが火付け役です」。黒川さんは切り出した。「買うことを恥ずかしいと感じていた男性が、気軽に立ち寄れるコンビニで周囲の目を気にせず手に取るようになりました」。隠れ甘い物好きを顕在化できたわけだ。
ローソンにも問い合わせた。応対してくれた鈴木嘉之さん(44)は「当初の狙いは、来店客の3割しかいない女性を増やすことでした」と打ち明ける。だが蓋を開けてみると、男性客も引き寄せることに。ローソンのオリジナルスイーツの売上高は3年前の1.8倍に膨らんだという。
調査会社の富士経済(東京都中央区)によればコンビニのスイーツ市場は、2011年が1076億円の見込みで、前年に比べ3%増。こうした下支え効果もあってか、日本フランチャイズチェーン協会調べのコンビニの既存店売上高が前年を下回ったのは、今年1~11月では9月だけだ。
さらに探っていくと、日本能率協会総合研究所(同港区)の調査を見つけた。おやつや食後のデザートを食べる習慣があるとの回答が、前回調査(08年)に比べ今年は男性の30代と40代で大きく伸びていた。
「メタボリック症候群にならないよう節制することに疲れた面もあるようです」と同研究所の土井晴子さん。甘くても「カロリーゼロ」をうたう食品はたくさんある。「高カロリーで太ってしまう」という意識が薄れ、口にする機会が多くなっているとみている。
■モテる武器に
早大野球部の甘い物好きがクリスマスケーキ作りに挑戦(東京都中央区の東京ガスのキッチンスタジオ)食品の栄養化学が専門の京都大学大学院教授、伏木亨さん(58)も節制の反動を指摘する。「甘い物を食べたいという本能が刺激されているのではないでしょうか」。いつまでもスリムでいたいと考え、甘い物を控える男性もいる。だが、糖分は大切なエネルギー源。遠ざけたために、逆に食べたいという欲求が膨らんでいるとの見立てだ。
「野球部もそうだったけど、20代もよく食べるぞ」章司はもう一度、男子スイーツ部の会員と連絡をとった。菓子メーカーで働く佐藤辰則さん(29)は「女性でスイーツ嫌いはまず、いません。話のきっかけにもなるし、友人の輪が広がります」と答えてくれた。
使う素材や作り手のパティシエの経歴まで把握する男性の仲間も多いという。「モテるための武器か。一昔前は自動車だったけど、今はスイーツなんだ」
そうならざるを得ない背景もある。国税庁の民間給与実態統計調査をみると、25~29歳男性の平均給与は10年が366万円。ピークだった1997年に比べ11%も減った。自動車は無理でも、1個数百円のケーキやプリンなら、いくつでも買うことができる。
これまでの結果を報告すると、所長はふに落ちない様子。「本当にそれだけなのかな。味覚も変わってきた気がするぞ」
章司は再び電通総研に足を運んだ。若者の行動を研究する田中理絵さん(34)は「個食化の影響は見逃せません」と説明し始めた。核家族化や共働き世帯が広がるとともに、子どもの頃から自分の好きな物だけを買って食べる若者が増えてきた。「そうなると、甘い物に偏ってしまいます」
■すぐ脳に快感
味覚に詳しい畿央大学大学院教授の山本隆さん(67)にも聞いた。「甘味には特別な性質があるのです」。人がおいしいと感じるのは、味を感知して脳内に快感物質が増えるためだ。この物質は苦味や辛味、酸味だと、繰り返し食べて慣れないと増えてくれない。「ところが、甘味だと慣れなくてもすぐ出てきます」
激辛ブームとここが根本的に違う。先行き不安な時代にはハッキリした味が求められるといわれるが、激辛好きは、辛い食べ物にある程度慣れた人々。甘い食べ物は訓練が必要ないから誰もが飛びつきやすい。
影響はスイーツ男子にとどまらなかった。「若い世代には、酢の使い方を知らない人がかなりいます」とミツカングループ本社。そこで、果汁や甘味料などで味付けした調理酢を中心に商品開発しているそうだ。回転ずしチェーン、くらコーポレーションはパフェなどデザートの品ぞろえをこの5年で2倍に増やした。
JTB西日本は「スイーツを試食しつつ、各地の大規模な公園を走るマラソン大会の参加者が急増しています」という。今年12月の大阪の大会は昨年の1.8倍の3200人が走った。
ただ、このままだと苦味や辛味をトレーニングしないまま大人になってしまいかねない。「少し心配だな」。章司はつぶやいた。
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「酸いも甘いも知らないとな」。今度は所長もうなずいた。「部下の評価は辛くするかな」
<スイーツの歴史は?>不安定な時代、安らぎ求め流行
桜餅の包みが描かれた江戸時代の錦絵。大半の和菓子が江戸時代に広まった=国立国会図書館提供スイーツが文献に登場するようになったのは古代ローマ時代といわれる。料理には砂糖を使わず、締めに甘いデザート菓子を食べていた。15世紀から始まる「大航海時代」には、世界各地からコショウとともに砂糖やカカオなどが欧州に持ち込まれた。貴族はこぞって、これら高級食材を使ったスイーツを求めたようだ。
欧州での最盛期は18世紀から19世紀にかけて。日本でも江戸時代中期以降に和菓子の文化が最盛期を迎えていた。スイーツに詳しい大手前大学の松井博司教授は「経済が成長しつつも、不安定な時代に、菓子がより広まりやすい」と話す。18~19世紀の流行の中心地、フランスでは革命の嵐が吹き荒れ、その後は混乱が続いた。江戸中期以降も富士山の噴火や天明・天保の大飢饉(ききん)などがあった。「目先の幸せを求めて、庶民も菓子を買ったのでしょう」(松井教授)
翻って今の日本。豊かさは手に入れたものの、デフレが長引き経済は停滞。人口は減少し、先行き不安は広がるばかり。そんな揺らぎを内包する社会状況だからこそ、精神的な安定をもたらすスイーツが人気を集めているのかもしれない。(福沢淳子)
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