文化と外交 渡辺靖著自己批判力のある発信を説く

2011/12/21

こんな本を待っていた。

(中公新書・780円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 パブリック・ディプロマシーとは、対外的な政策目標を実現しやすくするために、相手国の政府ではなく相手国の国民に働きかけて、国際社会における自国の存在感やイメージを向上させ、自国についての理解を高めていく外交活動のことである。世界の民主化とグローバルな情報化を背景としてその重要性は今日ますます高い。

 だが言葉自体はおそらく一般には耳新しい一方で、ソフト・パワーやクール・ジャパンといった掛け声にはむしろ手垢(てあか)が目立つ。私が本書に感じるのは理念が消費されつつあることへの著者の深い危惧だ。

 本書はパブリック・ディプロマシーの歴史、その政策的な広がりと分類、そして主要な批判と課題が豊富な事例の紹介とともにコンパクトにまとめられた優れた概説書であるが、同時にその平明な筆致が日本のパブリック・ディプロマシーの問題を鋭く抉(えぐ)っている。

 問題の一方は明確なターゲットの不在だ。誰に何を訴えるかのヴィジョンなくしては「富士山と桜」的な紋切り型を反復する自文化紹介や「ジャパニメーション・ブームに乗ってコンテンツ輸出振興」などといった後追い的なマーケティングに貴重な予算が消えてしまう。

 いまひとつの問題は情報の操作可能性への過信だ。厳しい国際環境を意識しすぎるあまり、あたかも戦時のプロパガンダのような広報戦略の必要を煽(あお)る言説は、距離や境界を超えて人々が結びつくグローバル化した世界の情報の速さを甘く見すぎている。

 いわばこうした戦略の不在と過剰の両極に抗して著者は、むしろ自国の負の現実も含めて事実を伝える自己批判力のある発信が国際的な信用をもたらすと説き、これにメタ・ソフト・パワーという表現を与えている。透明性や対話力が示す懐の深さが対外政策の遂行を円滑にするというわけだ。

 文化の有する価値の相対性と戦略性の双方に目配りの利いた深い次元でのバランス感覚は、文化人類学を専門とする著者の真骨頂。本書は今後この分野に関心を持つすべてのひとが必ず通るべき入り口となるだろう。

(立命館大学教授 山下範久)

[日本経済新聞朝刊2011年12月18日付]

文化と外交 - パブリック・ディプロマシーの時代 (中公新書)

著者:渡辺 靖.
出版:中央公論新社
価格:819円(税込み)


今こそ始める学び特集
今こそ始める学び特集