「最近もらうお土産って、目新しくて、どれもおいしいんですよ」。近所の主婦の話に探偵の深津明日香がハッと目を見開いた。「確かにそんな気がするわ。土産物が進化しているのかしら」。真相を探るため、事務所を飛び出した。
全国各地の土産物を見比べて購入できる「むらからまちから館」(東京都千代田区) 明日香はまず、土産物を調査している観光物産総合研究所(東京都杉並区)に向かった。応対してくれた代表の稲田俊明さん(64)によると、市場規模はこの数年、3兆8000億円とほぼ横ばいという。「ただ、売れ筋は変わってきました。どこにでもあるような温泉まんじゅうやクッキーは苦戦しています」
旅行のありがたみが薄れ、隣近所に土産物を配る習慣は消えつつある。地域観光に詳しい三菱総合研究所の北井渉さん(44)は「最近の旅行者は自宅用やごく親しい人のために、本当に気に入った商品を買います」と話す。
だから、定番品を扱う企業も安穏としていられない。「もみじ饅頭(まんじゅう)」の製造販売元、にしき堂(広島市)は2009年、もちっとした食感が特徴の「生もみじ」を、今年10月には地元のパン製造会社と組んで洋菓子風の「あたらしもみじ」を発売した。社長の大谷博国さん(58)は「ずっとファンでいてもらうには、今の人の味覚にも合わせないと」と打ち明ける。
「土産物は変化しているようね」。明日香が観光産業に詳しい横浜商科大学教授の羽田耕治さん(60)に疑問をぶつけると、「お土産物を買う店が昔と違うことも影響しています」と教えてくれた。
■減る宿泊旅行
高齢化や若者を中心とした節約志向を映し、日帰り旅行で済ます人は多くなった。日本観光振興協会によると、1年間に1回でも国内で宿泊観光旅行をした人の割合は、09年度で49.8%。これまで主力だった旅館や観光地の売店は集客しにくくなっている。
代わりに人が集まるのは、マイカーや公共交通機関で立ち寄りやすい道の駅や高速道路のサービスエリア(SA)、空港の売店。「これらの店では目新しい商品が売られています」と羽田さん。旅館や観光地の売店では、売れ残ったら返品するなど独特の商慣習が残っている。道の駅などは一般的な取引形態を採用するところが多く、新たな業者が参入しやすいからだ。
弁当など仕出しが本業の、味のオーハシ(北海道中標津町)は07年から生キャラメルやドーナツなどの製造販売を本格的に開始。地元はもちろん、新千歳空港にも直営店を出した。
作り手だけでなく、売り手も競争が激しくなっている。道の駅は全国で約1000カ所とこの10年で1.5倍に増えた。中にはオリジナル商品を企画する施設もある。SAなどを運営する東日本高速道路は「地域産品を中心にお土産の品ぞろえを増やしました」。
■東京でCM
「市場は頭打ちなのに、ライバルが次々出てくる。珍しいとか、おいしいとか、特徴がなければとても生き残れないのね」。道の駅「新潟ふるさと村」(新潟市)に電話すると、この1年売店で扱った新製品は約100種類に上るとの答えだった。もちろん、人気がない商品は店頭から姿を消すという。
「旅行中に買い物をする店は商品を吟味していました」。明日香の報告に所長は納得しない様子。「北海道のお土産のテレビCMを東京で見たぞ。これも関係があるんじゃないのか」
所長が見たのは洋菓子の「ルタオ」だった。作っているのは鳥取県米子市に本社を構える土産物製造販売の最大手、寿スピリッツ。調べてみると、東京都の和洋菓子「つきじちとせ」をはじめ様々な地域の商品を企画、現地に工場を確保して生産、販売していた。
米子市にある旗艦店に出向くと、迎えてくれた松本真司さん(44)は「インターネット通販や百貨店などの催し物での販売が、かなりの部分を占めるようになってきました」と説明してくれた。「ルタオ」ブランドの場合、催し物とネット販売で売上高の半分を稼ぎ出している。首都圏の顧客も多いので、広告を出すのだそうだ。
「旅行しなくても、土産物を買うようになったんだわ」。松本さんは「全国どこからでも注文が集まるようになりました。ただ、各地の土産物が競争相手ともいえます」と続けた。しかも、口コミが広がりやすいネットでは、人気があるかどうかハッキリ分かる。地域食材をふんだんに使うなど、おいしくなるよう努力をしているという。
■商品に生かす
さらに調査を進めていくうちに、明日香はふくい南青山291(東京都港区)という店を見つけた。中に入ると、福井県の地元産品がずらり並ぶ。「県の特産品をPRするのはもちろんですが、都会の人の声を商品作りにも生かしています」と館長の井上義信さん(72)は話す。
自治体などが出店し地元産品を販売するこのような「アンテナショップ」は増えていた。地域活性化センターによると、東京都内で49店(昨年10月時点)で5年前の2倍近く。都会にいながら各地の商品を手に入れやすくなっている。
全国商工会連合会の「むらからまちから館」(東京都千代田区)のように、様々な地域の食品を扱う店さえある。「同じ種類の菓子でも売り上げが100倍ほど違うことはザラです」。同館の日高隆治さん(58)。全国の商品が比較しやすいのはネットと同じだ。
「好みは人それぞれ。判断は異なるかもしれないけれど、品質を高める取り組みは昔より必要になっています」。明日香は事務所で報告した。
「お土産です」。明日香が渡したのは神戸の新顔スイーツ。「今回の出張先は別の場所だったろ?」。所長の言葉に「私が好きなのでネットで買いました」
<市民マラソンでPR>名産品、補給所やゴールに
大阪マラソンでは、地元商店の和菓子など様々な食べ物が走る選手に提供された マラソン大会が土産物をPRする場にもなっている。フルマラソンならトップ選手でも2時間台、一般の人は4時間を切ることが目標という長丁場。ランナーは走っている最中にも水分や食べ物をとる。そこで、自治体などの主催者はコースの給水、栄養補給ポイントやゴールに土産物を置き、試してもらうわけだ。
今年初開催の「大阪マラソン」では、いなりずしや地元企業のまんじゅうなどが並んだ。よりPR色を強めた大会もある。千葉県富里市の「富里スイカロードレース」は名産のスイカを食べながら走る。山梨県甲州市の「甲州フルーツマラソン」でゴールに待つのは地元のブドウやワインだ。
マラソン大会は全国からランナーが集まり、街のホテルや飲食店がにぎわうという経済効果が見込める。加えて、地元の土産物を広く知ってもらえれば、自治体などには一石二鳥。もっとも、国内だけで1000を超す大会があるといわれており、存在感を示すのは難しくなっている。
英語で土産物を示す「スーベニア」という単語には「思い出」という意味もある。大会と土産物を記憶してもらうためには、知恵が求められる。
(畠山周平)
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