国立劇場11月公演お初の藤十郎、驚異的若々しさ

開場45周年記念第2月の国立劇場は近松門左衛門特集。時代物と世話物1本ずつ。どちらも戦後の歌舞伎がよみがえらせた作品である。伝承より創造が古典を現代に生かしたわけだが、復活の方法と姿勢はそれぞれの復活された時勢を反映している。

「曽根崎心中」は戦後間もない1953年、当時の中村扇雀という、それまでの歌舞伎の女形になかった現代的な肉感を感じさせる若く新しい女形によって、心中へと突き進むヒロインお初の現実性を歌舞伎の舞台に実現させた。宇野信夫脚本の新作物のような新しさのためもあるが、何よりも扇雀の演じるお初の実在感が衝撃的だった。

以来約60年、扇雀は八十翁坂田藤十郎となった今なお驚異的な若さでお初を演じ続け、その実在感を失わない。この作品が生命力を保ち続けている理由はそこにあり、現在の目で見れば散見する脚本の不備もその生命力の前には黙殺さえしかるべきである。徳兵衛の伯父・久右衛門を演じる竹三郎の好演も、脚本の瑕瑾(かきん)を補う。



「日本振袖始」は日本が高度成長期にあった71年、中村歌右衛門が古典歌舞伎仕立てという意匠のもと、その意をくんだ戸部銀作脚本によってよみがえらせた。歌舞伎が古典としての地歩を確立した時期の産物であり、以後レパートリー化している。今回は国立劇場文芸課により、従来の八岐大蛇(やまたのおろち)征伐の場に加え、「簸(ひ)の川川岸桜狩の場」が補綴(ほてい)され、原作の趣意を踏まえた物語の首尾が整った。梅玉の素戔嗚尊(すさのおのみこと)が明晰(めいせき)に大蛇退治の趣意を説き明かす。好演といってよかろう。魁春の八岐大蛇は隈(くま)を取った顔も立派だが、その正体が実は岩長姫であるという悲しみが見えるところが面白い。26日まで。

(演劇評論家 上村 以和於)

[日本経済新聞夕刊2011年11月14日付]