恋の罪
常軌を逸した人間喜劇
園子温はいま日本で一番新作を見たい監督だ。前作『冷たい熱帯魚』は戦慄的な残酷描写で話題を呼んだ。本作は、表面的にはそれほどの衝撃はないが、人間精神の不可解な闇に沈潜する決意はさらに固く、2時間24分の長さだが、画面から全く目が離せない。
東京の渋谷円山町のラブホテル街で女性の惨殺体が発見される。捜査に当たったのは殺人課の刑事・和子(水野美紀)で、彼女は夫と娘との優しい家庭に恵まれながら、性悪な男と淫らな情事をくり返している。
事件現場近くをうろついていた女がいる。有名作家を夫にもつ専業主婦のいずみ(神楽坂恵)で、夫の留守にスーパーでソーセージの実演販売をしていたことから、アダルトビデオの撮影に引きこまれる。だが、自分を解放する喜びに導かれ、渋谷である女と出会う。
その女・美津子(冨樫真)は、円山町の街頭で客引きをする悪魔的な中年の売春婦だが、じつは大学で日本文学を教える良家の子女で、謎めいた自分の家にいずみを案内する……。
舞台設定から明らかなように、いまだ決着を見ない渋谷の東電OL殺人事件に着想を得ている。3人の主演女優がそれぞれに異様な個性を発揮し、激しい性描写に躊躇(ちゅうちょ)がない。その意味でこれは女優の映画だ。とくに、『冷たい熱帯魚』で忘れがたい存在感を示し、つい最近園監督と婚約した神楽坂恵の演技は凄(すご)い!
園子温の演出はいつもながらの熱っぽい力業で、いずみ夫婦の家庭生活を描く場面など、やりすぎを恐れず、パロディすれすれに、常軌を逸した人間喜劇を手応え確かに造形していく。
こんなタイプの剛腕はこれまでの日本映画には稀(まれ)で、私は初めて曽根中生や小沼勝のロマンポルノ作品を見たときの鮮烈な驚きを思いだした。ともかく強烈な1本である。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2011年11月11日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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