〈世界史〉の哲学 古代篇・中世篇 大澤真幸著「西洋」の形成過程を明晰に論述

2011/11/8
(講談社・各1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

壮大なテーマだ。狙いはしかし、「近代」とは何か、という一点である。「近代」を問うことは「西洋」を問うことである。それが、本書のタイトルが〈世界史〉と表記されている理由だ。「西洋」という特殊な地域で開始された「近代」が世界中を覆った。特殊なものがなぜ普遍化したのか。

 「西洋」の精神的根幹にはキリスト教がある。資本主義も同じだ。マックス・ヴェーバーが示したように、資本主義も、「西洋」において、キリスト教(プロテスタンティズム)の倫理の経済活動上の実践として始まった。ここでも特殊なものが普遍化したのだ。

 だから、問いはまず、キリスト教とは何か、に絞られる。キリスト教の中心にはイエス・キリストがいる。では、イエス・キリストとは何者か。「古代篇」は挙げてこの問題を追究する。

 本書はあくまで〈世界史〉の「哲学」である。つまり、歴史上のイエス・キリストの実像が問題ではない。むしろ著者は、福音書の記述を総体として受け入れたうえで、イエス・キリストの認識と論理を、イエスが言葉で述べた認識と論理だけでなく、いわばイエスがその存在そのものによって示した認識と論理の特異性を、明らかにしようとする。

 なぜキリスト教の聖書は旧約聖書を残しているのか、イエスの刑死とソクラテスの刑死はどうちがうか、等々の興味深い設問が読者の関心を誘う。論述も、フーコー、ラカン、レヴィナス、ドゥルーズといった現代の思想家たちの言説を参照しつつ、しかし、明晰(めいせき)さを心掛けて具体的で丁寧である。だが、著者の考察は歴史事象の徹底的な論理化・形式化に向けて容赦ない。ときにアクロバットとも見える論理の離れ技もある。イエス・キリストの存在自体がきわめて逆説的である以上、それは仕方のないことだ。

 こうして、「古代篇」ではイエス・キリストの生と死の意味するところが問われ、「中世篇」では死せるイエスの身体が人々を動かして「西洋」を形成し、資本主義を発生させていく過程とその論理構造が追跡される。随所に刺戟(しげき)的な断案が光っている。

(文芸評論家 井口時男)

[日本経済新聞朝刊2011年11月6日付]

<世界史>の哲学 古代篇

著者:大澤 真幸.
出版:講談社
価格:1,890円(税込み)


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