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福井・一乗谷 朝倉の栄華再び

2011/10/29 日本経済新聞 夕刊

福井市街の東南約10キロ。一乗谷の朝倉氏遺跡は戦国時代の城下町で唯一、国の特別史跡と特別名勝の指定を受ける。織田信長の放った火で400年灰じんの下に埋もれていた越前の栄華の跡。歴史ロマンを求めて訪れた。

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当時の衣装を身につけ武家屋敷で観光客をもてなす地元の人たち

国道158号を右に折れて屈曲する足羽川を渡り、一乗谷川に寄り添う県道を進むと巨大な石組み「城戸」の遺構が現れる。市の観光アドバイザー、安野敏彦さん(64)は「細長い谷底平野の最も狭くなる南北の2カ所に土塁を築き、城門を置いたのです」。南の上城戸まで1.7キロ。その内側に1万人、城外に2万~3万人が暮らしていたとされる。京の都や堺の町などに次ぐ規模で、安野さんまでが「信じられない話ですよね」。

16世紀の城下を体感できるのが南北200メートルの「復原町並」。礎石に残る焼け跡、出土した柱から材質や加工方法などを割り出し、灰じんに帰す前の姿の一部を立体的に再現した。土塀を巡らせた武家屋敷。門をくぐれば、いくつもの建物跡が確認できる。集合住宅地といった趣だ。町屋の建物はどれも小さく、単純な造り。トイレや窓、戸の形がそれぞれ違う。塀の石垣は別名「越前青石」の笏谷石(しゃくだにいし)。北前船で全国各地に運ばれた福井の逸品だ。

通りの南端から北端の武家屋敷の門は土塀に隠れて見えない。ところが、門の方からは南側が丸見えだ。微妙なカーブを描く道の設計を利用した「遠見遮断」と呼ばれる視覚のマジック。防衛のために編み出された乱世の知恵に驚く。

一乗谷は携帯電話のCM「白い犬のお父さん」の古里。初登場の雪景色のシーンは通りの北側で撮影された。CM効果で町並の9月までの入場者は10万人弱。1995年の開業後、初めて年間10万人を突破した昨年を上回る勢いだ。

「大人たちがしょっちゅう、耕運機であぜ道の石をどかしていた」。町並管理棟に事務所を置く遺跡保存協会の会長、岸田清さん(64)は懐かしむ。国の史跡調査が始まる60年代まで一帯は田畑や空き地で、子どもの遊び場だった。京の文化を吸収し、遠くは中国との交易などで一大文化圏を築いた朝倉氏の栄華はとうの昔に忘れ去られていた。朝倉氏の滅亡後、柴田勝家が現在の福井駅近くの北の庄に城を移したことに関係する。それはまた、後世の開発にさらされない幸運を招く。

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