2011/10/24

すると、後輩探偵の松田章司から電話が入った。「書店に若者向けらしい、おしゃれな表紙の散歩ガイドがたくさん並んでいます」。明日香は出版社のJTBパブリッシング(東京都新宿区)に向かった。

同社が昨年10月発売した東京の散歩ガイドは、発行部数が5万部に達した。小松田淳さん(47)は「日常生活をつづるブログに、おしゃれな店や街の写真を添付する若い女性が増えています。その人たちの撮影ポイントにもなるよう町案内にしました」と教えてくれた。愛読者は男性にも広がっているそうだ。

「散歩って特に目的もなく歩くのかと思っていたけど」。辞書にも「気晴らしや健康のために、ぶらぶら歩くこと」(広辞苑第六版)とある。小松田さんは「旅行と散歩の境目があいまいになってきましたね」と認める。訪問先の雰囲気や情緒にふれて面白い店などを探そうとするのが、若者の散歩であり、旅行のスタイルだという。

だから、行き先は観光地に限らない。JTBパブリッシングのガイド本「るるぶ」は「杉並区」や「大田区」なども発行。以前出した練馬区は当初目標の4万部を上回る6万部を売り上げた。「ずいぶん散歩のイメージが変わったわ」。明日香はうなずいた。

街振興に一役

身近な場所を訪ねる若者は、各地の商店街にとって新しい顧客になる。最近人気という神奈川県横須賀市の本町商店会(通称どぶ板通り)に問い合わせると、副会長の川口泰弘さん(39)が答えてくれた。川口さんは「おしゃれなカフェもできました。芸術を専攻する学生を集めたイベントなども開き、にぎわいを取り戻しています」と話す。

「でも、なぜ散歩なのかしら」。明日香は若者の消費行動に詳しい博報堂の原田曜平さん(34)に聞いてみた。原田さんは「友達同士で歩けば、途中で見つけた何かをネタに盛り上がることができます。無理なくゆるくつながれることが、今の若者に合っているのでしょう」と分析する。

「あまりお金がかからないのも魅力ね」。明日香がメモをまとめていると、「それどころか、かなりお得なんです」の声。値ごろ感を研究する専修大教授の徳田賢二さん(63)だった。

徳田さんによると、値ごろ感は「価値」を「費用」で割った値で測れるのだそうだ。値が大きいほどお得に感じる。散歩は分母の費用が非常に小さい。目的がないから分子の価値もそれほどないはずだが、若者の散歩は違う。風景を楽しめ、店を見つけられ、友達とのつながりが深まる。分子はどんどん大きくなる。