ひとりの希望 皆に広がる経済学者 玄田有史さん

東日本大震災を経て「希望」をいかに紡ぐか。岩手県釜石市などで、希望と社会の関係をテーマに「希望学」の研究を続ける経済学者の玄田有史さんは、人と人の緩やかなつながりの重要性を説く。

震災後、テレビ番組に出演して生中継で釜石の人たちと話したとき、私は何と声をかけていいか分からなかった。「残念でした」としか言えなかった。日がたつにつれて被害の大きさも明らかになってくる。まだ行方不明の家族がいるような人に「希望を持とう」というのはやはり酷だ。

ただそれでも人は生きていく。何らかの希望が持てればいいなと思う。明日が今日より、ほんのちょっとでもいい日になる。今のつらさが少しでも和らぐ。希望は、そうした変化とかかわりがある。

私たちの調査で、過去の新聞記事から「希望」と関係の深い言葉を検索すると、最初に出てきたのが「水俣」だった。悲惨な公害に襲われた地域でなぜ「希望」が語られたのか。それは苦しいときにこそ、必要なものだからだ。

希望学では希望を「行動」によって「何か」を「実現」しようとする「気持ち」と、4つの要素で定義する。今、大切なのは復興で先進的な地域を目指すといった大それたことではない。例えば避難所で清掃をきちんとするなど、生活のなかでできる何かを具体的に決め、実現するために行動を続けることだ。実際、釜石も含め、私が訪ねた地域では、淡々とひょうひょうとそうしている人が多かった。握手する手は弱々しくはなく力強かった。この人たちはきっと立ち直ると感じた。

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