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震災と文化

震災と文学、荒川洋治さんに聞く地域への想像力養おう 詩も現実にまみれる試みを

2011/6/20

震災と文化

日本を揺るがす大災害は詩や小説にも、大きな課題を投げかけている。今、文学はどこに向かえばいいのか。第一線で詩作しながら、古今の文学作品を精力的に紹介してきた現代詩作家、荒川洋治さんに聞いた。

時代が激変する時には、人の心を揺さぶる優れた文学が生まれる。そんな思い込みは、会って早々に覆された。

「この大災害を、文学の言葉にするのは、とても難しい」。荒川さんはそう語る。「詩は集団的、社会的な言葉とは、本質的には相いれない。詩ならではの内面化した表現にするには、そう単純には書けない」。その上で、現在の詩人の弱点を、鋭く指摘する。

「日本の詩の言葉は、美しいもの、人を向上させる刺激に満ちたものに群がってきた。基本的には花鳥諷詠(ふうえい)だ。見たくもないような荒廃した現実を、人間の風景としてとらえる視点を持ったのは、大阪の小野十三郎(1903~96年)ぐらいだろう。戦後の荒地派の詩も、現実の殺伐とした風景には意外に向き合っておらず、観念的なロマンチシズムの詩が多い。

現代の詩人は観念的、概念的な言葉によりかかり、現実に向き合う言葉の鍛錬ができていない。だから類型的で単純、平板な言葉になる。今、新鮮な詩を書いているのは、作家の辺見庸さん、歌人の岡井隆さんといった詩壇以外で活躍してきた人たちだ。詩も現実の出来事にまみれて身動きが取れなくなるような試みが必要だ」

自身、日韓関係や政治家の言葉などの時事問題や時代の風俗を詩に取り入れようと苦闘してきた。郷里、福井県三国町(現坂井市)の歴史と災害の記憶もまた、そんな具体的題材の一つ。

二万一千人の死傷者を出した/福井大地震は/一九四八年六月二十八日のことである/私が生まれたのは/一九四九年四月十八日/つまり/震えが/とまってから/父と母の若いからだは/向き合ったもようである(中略)いまだ固まらぬ大地で/二つの性は息をとめ/私は一つきりの体で生み落とされている/ここからまた裏返り/不動/不微動の原/針原をとおって/震える血を運ばねばならない(後略)

(「針原(はりばら)」、『荒川洋治全詩集』=思潮社より)

詩集『針原』(82年)のこの巻頭詩は、郷里を襲った福井地震と自らの出生の関わりに触れた。3000人を超える人命を奪った大災害。その痛ましい情景の中から新たに誕生する命の震えを、性を介して鮮烈に表現した。針原とは震源地に近い実際の地名である。

「都市的なものを基盤にして書く一方で、父祖の地に堆積された歴史が自分の根っこにあって、それを書きたいと思った。戦後の詩は、あまりにも都市型に偏ってきた」。その思いは、詩にとどまらない。「戦後の均等化する社会の中でみんな地域を軽く見てきた。自分の親がどこにいるのか隠そうとする若者もいる。いつも郷土を書く必要はないが、心の中で、地域に対する意識をもう一つの中心として持つことが必要」と語る。

「泉鏡花や森鴎外といった明治の作家は、行ったこともない土地も含め列島の各地域を題材にした物語をたくさん書いた。鏡花には諸国物語と呼ばれる作品群がある。彼らは自分の知らない所にも面白いもの、大切なものがある、と考えた。その知らないものに脅かされているという意識が、中央にいる彼らにはあったのだろう。地域への想像力によって自らの感覚を洗い立てようという意識があった」

荒川さんは「報道では東北の地図が繰り返し出てくるが、あの地図を心の中に入れて、地理的感覚を養うことだけでも大切」と話す。「今は列島に対する空間意識を改める機会」。それが新たな文学の創造にも繋(つな)がるという思いが、その言葉にあふれている。

(編集委員 宮川匡司)

[日本経済新聞夕刊2011年5月2日付]

あらかわ・ようじ 現代詩作家。1949年福井県生まれ。早大第一文学部卒。26歳で出した詩集『水駅』がH氏賞を受賞、注目を浴びる。詩集に『渡世』(高見順賞)、『空中の茱萸』(読売文学賞)ほか。『文芸時評という感想』で小林秀雄賞。「口語の時代はさむい」「文学は実学である」など、時代を挑発するフレーズでも知られる。
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