スプリング・フィーバー
現代中国の寄るべない一面
中国の映画監督ロウ・イエは、天安門事件を扱った「天安門、恋人たち」(2006年)をカンヌ映画祭で上映したため、当局から5年間の映画製作禁止処分を受けた。しかし、フランスと香港から資金提供を受け、家庭用のビデオカメラを使ってゲリラ的に撮影を敢行し、本作を完成した。「スプリング・フィーバー」は09年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞している。
旅行代理店に勤める青年が書店員と同性愛の関係を結んでいる。書店員の妻は夫の浮気を疑い、その調査を探偵に依頼する。探偵が書店員と青年の関係を明らかにすると、夫婦の生活は破綻し、男ふたりの仲も紛糾してしまう。一方、探偵は女の恋人もいるが、青年に引かれ、肉体の交わりにいたる。青年と探偵と恋人は、三人一緒に行方定めぬ旅に出る……。
舞台は南京で、高度経済成長を続ける現代中国の空気が、手持ちカメラの粗い画面によってかえって生々しく伝わってくる。物語の重大な要素として同性愛が露骨に描かれるばかりか、女装したゲイが歌い踊るショーパブまで実在し、当局の忌諱(きい)にもかかわらず、中国は経済だけでなく、社会の深部から大きな変化を遂げていることが分かる。
この映画が捉(とら)えているのは、そうした変動のなかで自分の存在意義を実感することができず、性を他人との唯一のつながりとしながら、寄るべない彷徨(ほうこう)を続ける人々の姿だ。製作禁止を乗りこえ、現代中国の素顔をさらけだす映画作家の姿勢に敬意を表したい。
残念なのは、その寄るべなさの感覚が、現代中国固有の空気や風土にとどまり、普遍的な人間劇に昇華されていないことだ。行き当たりばったりの彷徨の物語でなく、映像の表層にまで滲(にじ)みだす人間の実存の苦みを見せてほしいと思う。1時間55分。
★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2010年11月12日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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