終着駅 トルストイ最後の旅
文豪と妻との愛の葛藤
世界の歴史で有名な悪妻は3人いる。哲学者ソクラテスの妻クサンチッペ、作曲家モーツァルトの妻コンスタンツェ、それに文豪トルストイの妻ソフィヤ。そのトルストイの死に至る晩年のソフィヤとの愛憎を、ジェイ・パリーニの小説を原作に描いた伝記的な人間ドラマである。
物語の語り部は、トルストイの最後の秘書ワレンチン(ジェームズ・マカヴォイ)。彼が憧(あこが)れの文豪の秘書になった1910年、トルストイ(クリストファー・プラマー)の思想を信奉するチェルトコフたちは、トルストイに爵位や財産、また小説の著作権を放棄させてロシアの民衆に与えようとしていた。
トルストイと50年間連れ添い、作品の清書もした妻のソフィヤ(ヘレン・ミレン)は、チェルトコフたちの策動に反発し、自分と家族の権利を守るために事あるごとに激しく対立。そんな環境の中、ソフィヤを愛すると同時に人道主義の立場から普遍的な愛を重んじるトルストイは、ある夜、家出を決行する。
映画のテーマは、このトルストイが体現する2つの愛の間の深い溝と葛藤。夫婦愛や家族愛というソフィヤの世界と、トルストイ主義を信奉するチェルトコフの世界との相克が物語を織りなす。その対立を個人で象徴するのがワレンチン。彼はトルストイに心酔する一方で、マーシャの自由な愛に翻弄(ほんろう)される。
「恋の闇 愛の光」や「卒業の朝」などで知られるマイケル・ホフマン監督は人類愛と個人愛という、相いれない2つの愛を衒(てら)いのない手堅い演出で描いている。とはいえ、本作の大きな魅力は演技陣の好演である。中でもソフィヤ役を演じたミレンは、名高い悪妻の顔の裏に隠された家族の愛と絆(きずな)を大切にする良妻のイメージを作り上げている。1時間52分。
★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2010年9月10日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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