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鹿児島・入来 武家屋敷100戸が集積

2010/9/11 日本経済新聞 夕刊

鹿児島県薩摩郡の旧入来町(いりきちょう、現薩摩川内市)は小高い山々に囲まれた盆地に位置する静かな町だ。約620年間、入来院氏が治め、中世、近世の街並みと武家屋敷を残す。日本の荘園の資料を国内外に紹介した日本中世史研究の「聖地」でもある。

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玉石垣と生け垣で区切られた武家屋敷の街並み

まず向かった市立の入来郷土館は歴史的な文物を所狭しと展示する。丸に十字の島津家の家紋をあしらった漆塗りの豪華な収納具、長持(ながもち)が目に入った。後藤保雄館長(64)は「幕末、島津久光の姫君が入来院家に嫁いだ時のものです。入来院家から島津家に嫁いだ人もいました。関ケ原の戦いでの敵中突破で有名な島津義弘の母上もそうです」と話す。

鎌倉時代に相模国(神奈川県)から移ってきた渋谷氏はこの地由来の入来院を名乗った。強大な島津家の圧力を受けながら長期間生き延びた背景の一つが婚姻政策にあったという。

武家屋敷群が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのは2003年。保存会の種田幸正会長(80)と同会幹部で観光ガイドも務める東郷公夫氏(70)の案内で歩いた。19ヘクタールに約100戸が立ち並ぶ。今も民家として使われ、建て替えも続いたが、街路に面して積まれた美しい石垣が往時をしのばせる。

町内を流れる樋脇川から採取した角のとれた小さな石を積むので玉石垣と呼ばれる。角ばった大きい石は根の部分やおさえの上の部分に多く、真ん中部分の大きな石は小さな丸い石で囲むように配置される。「砂を背後につめ、セメントを使った石垣より地震に強い、という説もあるそうです」と東郷さん。石垣の上の生け垣には茶を植えることが多かった。家を目隠しし、家の中から外は見ることができる。茶の木は根が真下に伸びて石垣を守る。最近は成長の早いイヌマキなども使われている。

街路がまっすぐに延びるところが近世、曲がりくねっているのが中世の特徴という。両方の時代が併存する街並みは全国でも珍しい。1軒あたりの平均の土地面積は約1000平方メートルにおよび、庭園は枯れ山水が多い。両氏邸は池に水が入る数少ない泉水庭園だ。観光客は民家に許可なく入ることはできないが、石垣、生け垣のほか、巨大な枝垂れの見事なイヌマキの姿などたっぷり目を楽しませてくれる。

門から玄関にたどりつくまでに2度も3度も折れ曲がるように設計して敵を惑わせる枡形(ますがた)小口、丁字路の突き当たり部分に設置した石敢當(せっかんとう)と書かれた中国伝来の魔よけ(敵よけ)の石柱なども垣間見ることができる。

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