必死剣鳥刺し
緊張と品格備えたカット
藤沢周平の時代小説は山田洋次監督によって新たな光を当てられた。本作も、「隠し剣 鬼の爪」や「武士の一分」と同じく「隠し剣」シリーズを原作にしている。だが、山田作品とは全く異なる硬質な緊張をはらみ、しかも端正な品格を備える秀作に仕上がった。
冒頭、タイトルバックの能舞台の場面に、平山秀幸監督の演出の円熟が確かな手応えで感じられる。東北・海坂藩の武士、兼見三左エ門(豊川悦司)が藩主(村上淳)の前で大きな事件を引き起こすのだ。的確なカットをつなぐ編集のリズムに映画の快楽があり、これからどうなるのか、とぞくぞくさせられる。
本来ならば、三左エ門は即座に斬首(ざんしゅ)されてしかるべきところ、一年の閉門という異例の寛大な処置が下される。それにしても、実直を絵にかいたような三左エ門がなぜこんな大事に及んだのか? 映画の前半はその謎解きを中心に繰り広げられる。
海坂藩の切迫した内情を徐々に明らかにしながら、閉門後の三左エ門のストイックな生活を、北国の四季の推移を交えつつ綴(つづ)ってゆく。この部分の家屋や風景の描写、とくに日本の光の繊細な表情を捉(とら)えたところは賞賛に値する。
三左エ門の世話をする姪(めい)(池脇千鶴)の秘(ひそ)かな思慕と、中老(岸部一徳)の藩政をめぐる不気味な底意が対比的に描かれるなか、三左エ門は藩主の傍役(そばやく)に取り立てられる。
三左エ門に「必死剣鳥刺し」なる秘術があることを知った中老が、三左エ門を藩主襲撃計画に対する護衛として抜擢(ばってき)したのだ。
かくして映画は男たちの思惑を凝縮しつつ、狭い城内での長い剣戟(けんげき)場面へとなだれこんでいく。三隅研次監督、市川雷蔵主演のかつての名作「剣鬼」を連想させる力のこもった悲愴(ひそう)美だ。1時間54分。
★★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2010年7月9日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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