孤高のメス
骨太な映像、ドラマ紡ぐ力技
荒涼たる海の広がりを背に立つ火葬場の近くの丘に1人の若者(成宮寛貴)が登場してくるファーストシーンが、とても印象的だ。
彼が遺品の中から、看護師だった亡き母の日記を見つけた時から、映画は平成元年のある地方市民病院のシーンに飛ぶ。ぬるま湯のような日常生活に、うんざりしている、シングルマザーの看護師(夏川結衣)。
だが彼女は、アメリカ帰りの新任医師(堤真一)のみごとな手術の技能と型破りな性格に、ひきつけられる。誤診があり学閥がはびこる、なあなあ主義の病院に、新しい風が吹く。
彼の手術を補佐する仕事に、彼女は大きな生きがいを見出(みいだ)す。そして都はるみの演歌を愛し、日本の医療の常識を外れた行動力を持つ彼に強くひかれていく。
プロの医療陣の技術指導によって、一糸乱れずみごとに映像化される手術のシーンにのせて、この2人の関係を軸に動いていくドラマの構造がとても面白い。
監督は「油断大敵」「ラブファイト」の成島出。医師でもある原作者大鐘稔彦の長大な小説をシナリオ化したのは「800 TWO LAP RUNNERS」「雪に願うこと」の加藤正人である。
「月はどっちに出ている」の藤沢順一の撮影技術が、それを支える。脳死肝移植をはじめとする、多くの医療問題をならべたてたドラマが、この女と男の関係を縦糸に、一直線につながっていく力技が心地よい。
ラスト近くの、彼女と彼の別れのシーンも、なにげないようで、妙に切ない。結局、彼女の思いは、秘められたままに終わる。
余貴美子、柄本明、でんでん、生瀬勝久など、多くの性格俳優たちの使いわけも、悪くない。平板な物語主義映画が全盛の日本映画界で、久しぶりに映像が骨太な力を持つ映画を見た。2時間6分。
★★★★
(映画評論家 白井 佳夫)
[日本経済新聞夕刊2010年6月11日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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