N
アート&レビュー
クローズアップ

俳優 市村正親さん 演じること炎の如く(1)「炎の人」主演、観客から「ゴッホそのもの」

2010/6/7

クローズアップ

 俳優、市村正親(61)が円熟味を増してきた。還暦を過ぎてからも精力的で、昨年は主演舞台「炎の人」でゴッホを演じ、紀伊国屋演劇賞、読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞した。「いろいろな作品に挑戦させてもらっている俳優市村は幸せ」と4月半ばに都内で開いた受賞記念の感謝パーティーで喜びを満面に浮かべた。

「炎の人」は新劇の名優、滝沢修さんがゴッホを演じ、その役への打ち込みぶりが伝説になっています。僕も高校時代、滝沢さんの舞台を見て、役者をやろうと思ったので、この役への思い入れは半端ではなかった。禁欲的にけいこに取り組み、役を掘り下げたつもりです。お客さんに「市村でなく、ゴッホそのものを見た」と言われた時はうれしかったですね。

上演のきっかけは演出家の栗山民也さんと新国立劇場でユージン・オニールの「氷屋来たる」(2007年)をやった後、また一緒に組んで何をやろうかと話した時、三好十郎作「炎の人」をやりたいと言ったんです。だいぶ前にテレビの中継で滝沢さんのゴッホを見て、その表現力のすばらしさが記憶に残っていたことや、栗山さんが三好作品を何本か演出していたので相談した。「え、そういうものに興味あるんだ」と驚いていたけど、最近の芝居は軽い笑いの路線に走りがちだから、骨太なものをやろうということになったんです。

役作りのため実際にゴッホの絵を何点か模写してみた。中学生のころ、近所の絵描きさんに絵を習い美術部に入っていたこともある。模写って大事なんです。役者もいい芝居を見て、まねていくうちに自分のものになっていく。絵も同じ。最初は息子の顔を描き、次はゴッホの「ひまわり」をまねて描いてみた。それをプリントした記念のTシャツも作ってグッズになっちゃったけど。

舞台に立っていると、2階の隅に座っているお客さんから演じている自分がどう見えるか、後ろの席の人まで声と感情をちゃんと届けられるか、といったことを意識しながら芝居をしている。

演じるのが人間なら、見てくれるお客さんも人間なのだ。けいこ場でわからなかったことも、本番の舞台でお客さんの反応で初めて気づかされるということがあるんですね。

 身辺もホットだ。01年の「ハムレット」で共演した24歳年下の女優、篠原涼子と05年12月に結婚、一昨年5月に待望の長男が誕生した。自分似の息子に俳優の遺伝子を感じているが、将来俳優になるかは「反抗期を過ぎたら自分で決めること」と話す。

蜷川幸雄さん演出の「ハムレット」の時に初めて共演した。その時は出会っただけだったんだけど、僕にとって再演となる03年の「リチャード三世」を見に来てもらった。それから一緒にメシを食ったりして、つきあい始め、結婚ということになったんです。

出産予定日に合わせて3カ月の産休をとった。初めての経験だね。生まれるまで、公園なんかを2人でよく散歩した。出産にも立ち会った。頭を支えてね、「頑張れ」などと励ましたけど、一つの生命が誕生するのは神秘というか、奇跡というか、血を分けた分身がいるということは、すごいことなんだなと思うようになった。

59歳で子供を持ったが、やはりかわいい。神様が決めてくれたタイミングだね。若いころは自分が忙しくて、かりかりしていた。今はある程度余裕ができたから、この年で持てたのはラッキーだ。一緒にいる時間も取れる。が、育児はやはり妻の方が大変だ。

遺伝子を引き継いでいるわけだけど、やることなすこと息子はとにかく僕のまねをする。劇場が好きだし音楽に非常に反応する。

子供ができたことで、芝居の発想、イメージが膨らんでくる。息子との会話を通して、苦しみ、悩み、喜びというのがこれまで以上に深まった気がする。息子も来年は幼稚園。将来、役者を希望したら初舞台を見てみたい。「平成市村座」というのを始めているから、そこで2代目披露なんていうのも面白いですね。

(聞き手は編集委員 河野孝)

注目記事