フード・レストラン

おでかけナビ

漁師の思い伝える御殿 宮城・唐桑  遠洋漁業の歴史漂う

2010/5/1 日本経済新聞 夕刊

まちおこし団体、資源○(おたからまる)会長、立花博さん(74)と、海を見下ろす遊歩道沿いにある「仲網大漁紀念」の石碑を訪ねる。定置網で漁期終了までに10万匹以上のマグロを漁獲したのだという。石碑の建立は1910年(明治43年)。子孫も大漁を経験できることを願って、魚付き林として松や杉を植樹したともある。

魚付き林は海に土砂を流さず、魚が寄りやすい穏やかさを保つという。立花さんらは100周年の記念行事を準備中で「漁業にはきれいな環境が大切だと子どもたちにも伝えていきたい」。

鮪立(しびたち)。いかにも唐桑らしい地名だ。高台からもかすかに見えたが、恵比寿棚の屋号で知られた元船主、畠山家の屋敷が南側の湾口付近にある。大型マグロ漁船でも係留できたという自宅前の専用岸壁を近くで見て、漁業を発展させたのは家族や集落の力だったと痛感する。

吉田さん宅の1階天井の高さはおよそ3メートル半もある

湾の反対側には大漁碑の定置網を経営していた鈴木家の屋敷。屋号は古舘(こだて)という旧家で、1670年代、紀州の漁師を招き、イワシを船に積んで漁場まで運び、エサとしてカツオの群れに与えて効率よく1本釣りする漁法を三陸でいち早く導入。唐桑漁業を発展させた。鮪立や崎浜の保存会が継承活動に取り組んでいる大漁唄(うた)い込みも紀州の漁師から伝わったものという。

□   □

唐桑独特の庶民建築と評される「唐桑御殿」は寺社建築と同じ入り母屋造り。大工の棟梁(とうりょう)、熊谷準一さん(65)によると、「屋根の反りを強くし、たくましさを表現するのが特色」という。

太く丈夫な柱を使うため、コストは高い。狭い船上暮らしを続け、日夜をとわず遠洋でマグロを追った乗組員が自分への勲章、家族への思いやりとして建てた。1つの部屋の広さは10畳から12畳が標準的。つなげれば30畳余りの大きな広間になる。

1993年に熊谷さんに御殿を建ててもらった吉田富男さん(75)は「子どものころからの夢。住んでいて飽きがこない」という。天井が3メートル半ほどもあり仏壇より大きな神棚が祭ってあった。

御殿は町内にざっと200軒はありそう。だが、「近年は新築はまったくない」(熊谷さん)。無理もない。過去20年近くマグロ漁船の減船に次ぐ減船で、千数百人いた唐桑の漁船乗組員もいまや200人ほど。輸入マグロの攻勢で乗組員の給料も下がり、若い世代には御殿住まいはかなわぬ夢になっているのだ。

(編集委員 樫原弘志)

[日本経済新聞夕刊2010年4月28日付]

フード・レストラン 新着記事

ALL CHANNEL