自称「肉食系女子」。女優、鈴木砂羽はクランクインや舞台初日前に「焼き肉、焼き肉!」と仲間を誘う。きりっとした目元で意志を感じさせる顔は「ねえさんキャラ」にぴったりで、肉食系さもありなん。「食べたいときに食べたい物を」。その信条で、この16年を走り続けてきた。
テレビドラマ「相棒」(テレビ朝日)では9年間、寺脇康文とカップル役を演じ、2008年のNHK連続テレビ小説「だんだん」では育ての母親役で登場。今やテレビ、映画で欠かせないバイプレーヤーの素顔は「スーパーの買い物が大好き」という庶民派だ。食材に缶ビールなどで重くなったエコバッグを両手に抱え、ネギが顔を出す状態に「ちょっと目立つな」と思いつつも、車を使わず電車で帰る。
肉食系といえど、肉ばかりではない。浜松市で生まれ育った鈴木は、子どものころ、塩辛や塩昆布などでお茶漬けをよく食べた。おなかがいっぱいでも、これだけは別腹。「何かにつけてお茶を飲む静岡県民には当たり前のことと思っていた」が今、実家に帰ってお茶漬けを口にするたび、大好物だと実感する。
画家である両親は、一人っ子の砂羽を小学校低学年のころから、美術館やレストランなど大人の場所に連れて行ってくれた。それに合わせ、食事のマナーや行儀もたたき込まれた。
母親は砂羽にモダンバレエも習わせた。高校まで続けたが、“表現すること”への意欲は別のベクトルに向かう。役者だ。美術短大に進学ということで親の同意を得て上京。だが、中退して向かったのは文学座附属演劇研究所。1年通ったが研修科に進めず、アルバイトで日銭を稼ぎながら、独自で女優への道を目指した。食費に割けるお金はわずか。友人たちと米や缶詰を融通し合うし、作る料理も工夫した。
片っ端からオーディションに落ちていた鈴木を見いだしたのは、映画監督の高橋伴明と写真家の荒木経惟。22歳のときに「愛の新世界」で主演デビューし、体当たりで挑んだSMクラブの女王の演技が大きな話題を呼ぶ。20代半ばは身の丈と役柄のギャップに悩みもした。自分に「百戦錬磨」のテーマを課し年間9本の映画をこなした年もある。
「現場が続くと茶色いおかずばかり」。濃い味の揚げ物や煮物だらけの弁当が続く。「そんなときは体の欲するまま、青虫みたいにバケツいっぱいのレタスもむしゃむしゃ食べる」。要は「食べたいときに食べたい物を」。ストレスをためない最良法だ。だから夜中の焼き肉やラーメンも珍しくない。「ほかの女優さんは節制できてえらいよね。私は自分に甘いからコントロールできない」。そんなつぶやきを聞くと、やけに親しみがわいてくる。
昨年のクリスマスパーティーでは、牛タン丸々1本を塩釜で蒸し焼きした料理が友人たちに大好評。
「計算はてんでダメな私だけど、料理はセンスだから、たいてい何でもおいしく作れる。これじゃモテちゃってしょうがねえなあって感じで。アハハハ」。あっけらかんと笑う姿には嫌みがない。
今はうどんが“マイブーム”だとか。中力粉を布団袋に入れて、足でこねて作ったうどんが実においしかった。「考えてみれば、私はこねるということが好きなのね。子どものころは粘土細工が大好きだったし」 「料理は舞台に似ている」とも。シーンごとにバラバラに撮影する映画と違い、舞台は終幕に向かってひたすら進む。「料理も始めたら最後までやめられないところが似ているかな」
どんな役もこなす半面、なかなか一つ所に定着しない自分を感じる。「だから、止まることが私は一番恐ろしい。自分の中に好奇心の種をいかにまき続けていけるか」。止まりかかったときは、なぜか料理に熱心になる。「何か形になるものを作っていないとダメになりそうな気がするのかも」。今、ちょっとそこに差し掛かっている。16年間走り続けてきた鈴木砂羽。“次”へのステップに料理は結構な役回りを果たすのかもしれない。
=文中敬称略
(福沢淳子)
【最後の晩餐】さめてもおいしい白飯においしいお茶をかけ、塩昆布を載せたお茶漬けにする。飲んで帰宅し、ライトを落とした部屋でボソボソと食べる、その哀愁がたまらない。肉食系の私だけど、最後は1人でお茶漬けを……。
鈴木さんお気に入りのお店
渋谷の道玄坂上の奥まった一角。わずか16席のこぢんまりした店には、良質な豚の脂のにおいが染みついている。イベリコ豚の中でも最高級、ドングリの実を食べて育った「ベジョータ」のみを使用。それを安価で提供するのが特徴だ。5種の焼き肉に野菜、おかわり自由の手作り総菜4種とサンチュ、それに焼き飯とデザートが付いたコースで2880円。ベジョータの脂の甘みと、そのうまみが浸透した野菜を堪能できる。できるだけ予約を。
[日経プラスワン2010年4月24日付]