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年金もらい忘れご用心誤解や知識不足 時効なら権利消失

2010/3/10

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公的な年金をもらう権利があるのにもらっていない。そんな人が意外に多い。「60歳を過ぎても働いているので年金はもらえないと思い込んでいた」など、原因は様々だが、共通するのは年金についての知識不足や誤解がある点だ。公的年金のもらい忘れを防ぐ対策を探った。

埼玉県に住む坂上信夫さん(仮名、61)は1949年2月生まれ。60歳になった2009年2月に勤めていた会社を定年退職し、仲間と会社を設立した。

坂上さんのもとには08年末に、年金の受給手続きをするための書類である請求書(当時の名称は裁定請求書、現在は年金請求書)が当時の社会保険庁(現・日本年金機構)から送付されていた。60歳になれば年金をもらう権利(受給権)が確定し、年金をもらい始められるからだ。

ところが、坂上さんは年金を請求しなかった。「60歳以降も給料をもらっている場合には老齢年金はもらえない」と思い込んでいたためだ。だが、1月に訪れた金融機関の年金相談会で社会保険労務士から「月5万円の年金がもらえる」と指摘され、驚いた。さっそく請求し、もらい忘れていた年金1年分(60万円)は4月にも支給される。

公的年金は本人が請求をしないともらえないのが原則だ。日本年金機構は年金のもらい忘れを防ぐため、公的な老齢年金をもらう上で加入しなければならない期間(受給資格期間、原則25年以上)をクリアしている60歳または65歳の人に年金加入記録を印字した年金請求書を誕生月の3カ月前に送付している。

年金の請求書やはがきは06年度から08年度までの3年間で合計約695万人に送付したが、実際に新たに請求を済ませたのは同じ期間に約625万人。この差約70万人がただちに請求漏れとはいえないが、坂上さんのように誤解などから請求していない人は数十万人規模でいるとみられる。

実際、年金相談の現場では「8~10人に1人は請求漏れがみつかる」(社労士の鈴木ひろみさん)。日本年金機構が送付した請求書を使って実際に請求してくる人は「7割前後にとどまる」(首都圏の複数の年金事務所)という。

年金事務所、年金相談センターや社労士らへの取材などをもとに、表Aに老齢年金の請求漏れ、もらい忘れの主な原因をまとめた。社労士の河内よしいさんは「年金についての知識不足、誤解がもらい忘れの原因の大半」という。

60~64歳も受給権

最も目立つのは、60代前半(60~64歳)でもらえる年金の仕組みに関しての知識不足。例えば「60代前半では老齢年金を一切もらえないと思い込んでいる人が多い」(鈴木さん)。しかし、そんなことはない。

図Bにここ数年で老齢年金をもらい始めた人、あるいは今後数年間で受給権が発生する人の年金のもらい方をまとめた。会社員など厚生年金加入者の場合、受給資格期間をクリアし、さらに厚生年金加入歴が1年以上あればいずれも60歳から報酬比例部分の年金がもらえる。生年月日により60~64歳の間に定額部分がもらえる場合もある。

報酬比例部分の年金を「老齢基礎年金の繰り上げと混同する人も珍しくない」(社労士の平岩千鶴子さん)。老齢基礎年金を繰り上げ請求すると最大30%減額され、それが一生続くことから一般的には不利とされるため、報酬比例部分も「厚生年金の繰り上げのようなもの」と誤解し、請求しないでいるという。

在職老齢年金の仕組みの複雑さも、もらい忘れの一因となっている。60歳以上で会社に勤務して給料をもらうと年金が全額または一部カット(支給停止)される。カット後の年金を在職老齢年金という。

ただ、月給(ボーナスを12で割った額を含む)と毎月の年金額を加えた額が28万円以下なら、全額支給される。28万円を上回ると超えた額に応じて年金がカットされる。ところが支給額が月数千円とあまり多くないと「手続きするのが面倒で放置する人は少なくない」(鈴木さん)という。

窓口などで確認を

老齢年金をもらい忘れたまま、5年を経過すると経過した分から、時効により権利が消失する。60歳から年金がもらえるにもかかわらず、66歳で請求すると60歳の1年分が時効でもらえなくなるわけだ。遅くとも65歳になる月までに請求する必要がある。

厚生年金に20年以上加入した人に年収850万円未満の配偶者がいる場合、定額部分をもらい始めると同時に、配偶者が65歳になるまで加給年金をもらえる。ところが、現在60歳の妻がいる64歳の夫が請求していないと、63歳からもらえたはずの妻への加給年金が支給されない。加給年金額は年間約40万円。心当たりの人は年金事務所などに問い合わせてほしい。

表Cにもらい忘れを防ぐために、どんな点に注意したらいいかをまとめた。社労士の宮城準子さんは「年金は十人十色。友人のケースで判断すると間違う。自分はいつから、いくらもらえるかを確認すべきだ」と強調する。

仮に在職老齢年金がゼロであっても、請求しておくほうがいい。面倒だが、受給権が発生した年齢で請求しておけば、給料の変動で在職老齢年金のカット、支給が繰り返されたとしても、その都度手続きする必要はなく、年金のもらい忘れもなくなる。逆に請求し忘れた加給年金を、後から請求する場合には配偶者の過去の所得証明などが必要となるので注意したい。

「わかりやすい説明」なお課題

年金記録やっと回復・支給手続きと勘違いも

自分の年金加入記録が正しく統合されていなかったり、記録そのものが改ざんされるなど「消えた年金」「消された年金」の問題は国民の年金不信の大きな原因だ。年金事務所でも問題解決に向け、記録の調査を積極的に受け付けている。ただ、「せっかく記録が回復できたのに、請求を忘れている人がいる」と、複数の社労士が指摘する。

ある専業主婦は20~30代のころの厚生年金加入記録が欠落していることに気付いた。すぐに年金事務所に調査を依頼し、記録は見つかったが、「記録回復と同時に自動的に年金が支給されるはず」「自分は65歳からの受給だろう」などと思い込んでしまい、年金の請求をしないまま放置した。

この主婦の場合、記録回復によって厚生年金加入期間が1年以上となり、60歳から少額ではあるが、報酬比例部分の厚生年金をもらえたのだ。

記録回復の手続きと年金請求は異なる手続きだ。とはいえ、誤解を招きやすいのも確か。年金記録問題に国民が神経をとがらせている時だけに、日本年金機構は記録回復と同時に年金請求の手続きについてもわかりやすく説明するなど、より踏み込んだサービスが必要といえよう。

(後藤直久)

[日本経済新聞朝刊3月7日付]

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