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久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2014 鎮魂奏でる旋律美、悲しみと安らぎ宿る

2014/8/26

スタジオジブリのアニメ映画の音楽などで知られる作曲家、久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団による「ワールド・ドリーム・オーケストラ」が3年ぶりに復活した。テーマは「鎮魂」。自ら指揮とピアノを担当し、美しい旋律を奏でる自作のほか、ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」なども演奏。深い悲しみと安らぎ、そして希望をもたらす公演を聴いた。

鎮魂の音楽を指揮する久石譲(8月9日、サントリーホール)=写真撮影 鈴木 俊則、写真提供 日本テレビ放送網

思いだすだけで涙が出そうになる、そんなメロディーがある。長崎原爆の日にあたる8月9日、サントリーホール(東京・港)で開かれた「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2014」。会場は若者や女性客を中心に満席だ。久石が音楽監督になって新日本フィルと2004年に立ち上げたプロジェクトだが、東日本大震災が起きた2011年を最後に公演を休止していた。3年ぶりの復活公演は「鎮魂の時」と銘打って久石が自作を中心に大管弦楽を鳴らす。終戦記念日が近づく夏、震災そして戦争の犠牲になったすべての人々の魂を鎮める願いが込められている。その音楽的魅力はもちろん、日本が世界に誇る久石譲作品の旋律美である。

この復活公演と並行して久石はもう一つ、新たなプロジェクトを立ち上げた。いわゆる現代音楽ではなく、自作を含む「現代の音楽」を幅広い層に聴いてもらうための「ミュージック・フューチャー」というコンサートだ。9月29日によみうり大手町ホール(東京・千代田)で第1回公演を開催する。この演奏会を毎秋の恒例にする考えだ。「音楽には古い新しいではなく良い悪いしかない」と久石は話す。「現代の音楽にも良いものがたくさんある。予備知識がなくても聴いて楽しんでほしい」。「弦楽四重奏第1番“Escher”」など2つの自作を世界初演するほか、アルヴォ・ペルト、ヘンリク・グレツキ、ニコ・ミューリーの作品も披露する。「復活」と「始動」の2種類のコンサートで現代作曲家としての自らの真価を世界に問う。

久石譲指揮の新日本フィル「ワールド・ドリーム・オーケストラ」(8月9日、サントリーホール)=写真撮影 鈴木 俊則、写真提供 日本テレビ放送網

さて、まずは「復活」公演のほうだ。ワールド・ドリーム・オーケストラを指揮して久石が最初に鳴らしたのは、高畑勲監督のアニメ映画「かぐや姫の物語」のサントラを基にした自作「交響ファンタジー『かぐや姫の物語』」。これが世界初演だ。日本の祭りばやし風の楽想も登場する交響詩といった感じだ。ちなみに今回の公演で演奏された作品は久石の映画音楽が中心だが、その映画を全く見ていなくても音楽を十分に楽しむことができる。特定の映像を思い浮かべないほうが、音楽が生み出す世界を堪能できるとさえいえる。それだけ音楽自体が聴衆の心に直接働きかける力を持っているのだ。

2曲目から本公演のテーマである「鎮魂の時」に入る。ここから非常な衝撃と安らぎ、そして深い悲しみの音楽が続く。まずはポーランドの現代作曲家クシシュトフ・ペンデレツキの弦楽合奏曲「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(1960年)。久石は指揮棒を持たずに指揮を始める。いきなり弦楽器群による不快極まりない不協和音がさく裂する。金切り声、悲鳴、金属的な摩擦音などを思わせるあらゆる音階による響き。ある範囲のすべての音を同時に発生させる「トーン・クラスター(房状和音)」と呼ぶ前衛手法だ。久石は指を1、2、3本と突き立てて指揮をする。旋律といえるものもない恐怖と悲鳴の音楽を、反復の回数を示すように指揮しているのだろう。不協和音は約8分続いた。

拍手をする隙もない。続けてすぐにバッハの「G線上のアリア」が始まった。ペンデレツキの曲とは打って変わって優しさと安らぎに満ちた緩やかな旋律が流れ出す。「ペンデレツキとバッハを続けて演奏する。この2曲のつなぎに最も趣向を凝らした」と久石は指揮者として語る。世界の終わりを思わせる衝撃的なトーン・クラスターの後に、鎮魂のメロディーがいつ果てるともなく流れ続ける。久石は映画音楽のイメージが強いが、国立音楽大学作曲科に在学中から現代音楽を熱心に研究していた。自ら図形楽譜を用いて前衛的な作品を書いていた時期もある。現代音楽を知り尽くした上で映画やドラマなどの「劇伴音楽」を作曲してきたのだ。しかし今は「現代音楽で既成の価値を壊す時代ではない。人々は破壊よりも安らぎを求めている」と言う。ペンデレツキの哀歌に続くバッハのアリアはこの言葉通りの演出だった。

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