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エリアフ・インバル指揮、都響「マーラー交響曲第10番」 最高傑作を印象づけた歌心ある名演

2014/7/31

 東京都交響楽団を指揮し、グスタフ・マーラー(1860~1911年)の全交響曲演奏会に取り組んできたエリアフ・インバル(78)が、7月21日、マーラーの未完の遺作「交響曲第10番」(デリック・クック補筆全曲版)をサントリーホール(東京・港)で演奏した。現代最高のマーラー指揮者にして、クックと親交のあったインバルにとっては特別の作品。今年屈指の名演となった。

マーラーの「交響曲第10番」を指揮するエリアフ・インバル(7月21日、サントリーホール)=写真撮影 堀田 力丸

 インバルと都響が2012年から続けてきた「新マーラー・ツィクルス」(インバルによる第2次マーラー全交響曲シリーズ)は3月の「交響曲第9番」の公演で終了した。だが未完の「第10番」がまだ残っている。これを英国の音楽学者デリック・クック(1919~76年)による完成版で全曲演奏しようというのが今回の「番外編」である。

 めったに演奏されない第10交響曲の全曲版を聴こうという人は筋金入りのマーラーファンだけに違いない。にもかかわらず会場は満席という盛況ぶり。都響の楽団員が舞台に勢ぞろいしてインバルが登場するまでしばらく間があった。普通は雑談が聞こえるのだが、この日は物音一つしない。誰もがマーラーという偉大な芸術家の「使徒」として、彼が未完の第10番で伝えたかったことを1音残らず聴き取ろうと待ち構えているかのようだ。

 全5楽章のうち第1楽章アダージョが始まった。この第1楽章だけはマーラー自身が全部書き上げている。従来はこれだけ取り出して演奏する場合が多かった。しかし実際には「マーラーは全5楽章すべての小節を書いている」とインバルは言う。オーケストレーションは未完だが、誤解を恐れずに言えば、全曲通しで最低でもメロディーラインだけは書き切った。ならばこれを完成させてオーケストラで演奏できるようにし、世に広めていくのが「使徒」の務めだろう。

マーラー交響曲連続演奏会の最後を飾る交響曲第10番を指揮するエリアフ・インバル(7月21日、サントリーホール)=写真撮影 堀田 力丸

 手元に第10番の楽譜がある。1989年に英国の音楽出版社フェイバー社が刊行した「第3稿第2版」と呼ばれる全曲版だ。クックの死後、さらに指揮者のベルトルト・ゴルトシュミットと作曲家のマシューズ兄弟が手を入れたもので、現在では決定版となっている。これを見ると、第3楽章の途中から最後の第5楽章まで、各ページの下部に平均4段の五線譜が載り続ける。マーラー自身による草稿であり、オーケストレーションが未完に終わった部分だ。草稿は第3楽章後半の途中26小節分だけが全くの空欄になっている。4分間程度と短い第3楽章全体の約15%にすぎないが、インバルの話とは食い違う。だが空欄部分は冒頭の旋律の繰り返し箇所に当たり、曲の流れから想像がつく。よってインバルが言う通り、マーラーはほぼ全部の小節を書いたといえる。

 それでも今回、インバルはクックの死後に改訂された「第3稿第2版」について「納得できない点がある」として、クック生前の「第3稿第1版」に戻して演奏した箇所があるという。何しろインバルは60年代にクック立ち会いのもと、英BBC交響楽団を指揮して第10番の全曲版を演奏した経験を持つ。インバルは独フランクフルト放送交響楽団の常任指揮者時代(74~90年)からブルックナーの交響曲の第1稿を使って、原典に忠実に音楽を再現する指揮者との印象を持たれた面もある。だが今回は違う。誤解は払拭されよう。公演数日前にインバルは異例の講習会を開くほどの熱の入れようで、第10番を巡る自らの解釈を披露。妻アルマへのマーラーの愛について語るなど、情感たっぷりに歌わせる音楽になりそうな予感がした。

 まさに第1楽章の冒頭からビオラが切実に語りかける。「第10番はマーラーがアルマに愛を宣言する曲でもある」とインバルは言う。出だしのビオラの旋律は、晩年のマーラーが建築家グロピウスの手紙によってアルマの不倫に気付き、「これは一体何なのかと自問している」場面なのだという。それに続く弦楽合奏のロマンチック極まりない美しいメロディーは「愛とは何と不可解なものか」という「愛の表現」だと言う。その後に来る薄気味悪い旋律が「悪魔」との解釈だが、グロピウスのことか。

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