小菅優「ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ第7回」感情を出し切り、正確を極めた秀演

ピアニストの小菅優が2011年から取り組んでいるベートーヴェンのピアノソナタ全32作品の連続演奏会。6月20日には紀尾井ホール(東京・千代田)でその7回目を開いた。第5番と第11番、とりわけ大作の第29番「ハンマークラヴィア」で確信に満ちた演奏を披露し、深遠な精神世界を聴かせた。

感情を出し切る演奏を繰り広げる小菅優(6月20日、紀尾井ホール)=写真 堀田 力丸

「ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ第7回」と銘打った小菅の演奏会。ピアノ音楽に精通している常連客が多いようだ。プロのピアニストも何人か来ているそうで、通好みなのだろう。パンフレットを開くと詳細な楽曲分析が載っている。不用意に軽い気分で感想を口にすれば苦笑されそうな雰囲気もある。怖い。それでも、単純かつ無邪気にベートーヴェンを聴いてみたいと駆けつけた一般客もいるはずだ。その1人として、彼女のピアノを体感することにのみ集中しようと決め込んだ。

黒を基調にしたドレスをまとった小菅がピアノの前に座ると、一息付く間もなく、いきなり唐突に激しい音楽が始まる。「ピアノソナタ第5番ハ短調作品10の1」の第1楽章だ。楽譜には4分の3拍子の表示があるが、「アレグロ・モルト(極めて速く)」の性急な曲調だけに何拍子か分かりにくい。小菅のピアノは強弱の差が大きく、煮えたぎるような情熱を感じさせる。スースーというかすかな音が聞こえると思ったら、小菅の吐息だった。気合の入り方は半端ではない。

ベートーヴェンの深遠な精神世界へと聴き手をいざなう小菅優(6月20日、紀尾井ホール)=写真 堀田 力丸

第2楽章は時間が止まるかと思えるほど広がりのある音楽だ。そこに弛緩(しかん)した雰囲気は全くない。すべての音符に意味と感情が込められ、粘着質ともいえる音の密接なつながりを生み出す。「スフォルツァンド(その音だけを強く)」など、ひっかかりのある細かい強弱を周到に付けながら、それでいて神経質にならず、男性的なおおらかさを保っている。

第3楽章は再び性急で激しい。どんなに速いフレーズでも小菅の指運びに危なげなところはない。だがその演奏に端正とか正確といった賛辞は似合わない。彼女はどこまでも感情的に豪快に弾いていく。彼女の安定した高い技術を認識していなければ、一聴、粗削りの演奏とも誤解するだろう。彼女はわざと、感情をさらけ出すほどの過激で雄々しい演奏スタイルを採っているのだ。そうしなければベートーヴェンにならないとの確信を持って。