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「音楽は介護を救う」を公私で実践 ミュージシャン、みつとみ俊郎

2014/6/28

私はフルート奏者、作曲家、プロデューサー……と多岐にわたって働いてきた音楽家である。家事や子育てに追われる演奏家の生き残りを目指して、女性だけのオーケストラ「フルムス」を組織したのがきっかけで、福祉施設との仕事が始まった。妻が脳卒中で倒れた後、「介護と音楽」は公私両面で私の活動の大きなテーマとなっている。

■「上から目線」ではない音楽の提供

様々な専門家や施設を訪れる日々を通じ「介護する」側が「される」側と同じかそれ以上のストレスを抱えている実態を知った。介護する側の心身の健康を音楽面から支えようと「MUSIC-HOPE(ミュージック-ホープ)」プロジェクトも新たに立ち上げ、財団化を目指している。

介護と音楽の関係を究めるようになったのは、妻が病を得るより、はるか前だった。米国の大学を出て、そのまま現地でプロのミュージシャンになった。帰国後三十数年も日本の楽壇に身を置きながら、クラシック音楽が鑑賞物、嗜好品とみなされ、社会一般の動きとかけ離れているとの疑念をぬぐい去ることはできなかった。「ギョーカイ人」「先生」と呼ばれる人間が招待券をたくさんもらい、ちゃんと買った一般のお客様より良い場所に座ること自体、おかしいのではないか? 作品や演奏を「与えてやる」という音楽家側の上から目線も、ずうっと気になっていた。

介護施設で演奏する「フルムス」のメンバー

力量では男性と同等か、人によっては勝る女性奏者が結婚や出産、子育てなどを境に一線を退かざるを得ない状況すら、音楽と社会の乖離(かいり)を物語っているように思えてならない。フルムスを企画したのは、女性奏者が社会の中で生き残り、働きやすい環境を整えたいと考えたからだった。介護施設はフルムスの仕事場として、ある企業の紹介で突然、眼前に現れた。

紹介者は女性の楽団なら当たりが柔らかいし、施設に身内を預けた家族のいささか後ろめたい気持ちも華やかなイメージで緩和できると考えたらしい。実際に交渉を始めると、「ボランティアでお願いできますか?」「アマチュアで十分です」と敬遠される場面が続出した。それなりのコストを負担する用意のある施設は極端に少ないとの実態を知り、がく然とする。

なるほど、どの施設の掲示板にも音楽や手品、お笑いなどの娯楽プログラムの日程がびっしり記されているが、ほとんどボランティアだった。一見もっともらしいが、ボランティアは「自分の都合」で動く。本業が忙しくなれば、来ない。私たちはプロの演奏家として介護施設の仕事を引き受け、入居者の眼前で懸命に音楽を奏でる。全力で臨む姿勢を根気強く説得し、毎回の演奏で成果を示しながら、粘り強く理解を広げてきた。

どこの施設であっても、フルムスのメンバーは絶対に手を抜かないし、時にはひざまずき、入居者=お客様に息がかかるほどの距離で演奏する。寝たきりの人には、耳元まで近づく。

一人で過ごす時間が長いと、声を出して話す機会も少ないので演奏を始める前、全員で「からだ、やわらか」「あたま、さわやか」と2つの呪文を唱える。ともに「あ」行の音だけの文章なので、口を最も大きく開けられる。

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