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ムーティ指揮ローマ歌劇場 ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」 激しい愛憎劇を見守る平和の海

2014/6/9

 リッカルド・ムーティ指揮のローマ歌劇場が来日し、ヴェルディのオペラを上演した。強い印象を残したのは、ヴェルディ生誕200年を迎える2012~13年シリーズでムーティが初めて挑んだ叙情的で重厚な時代劇「シモン・ボッカネグラ」だ。あからさまな感情がぶつかる人間ドラマを、穏やかな美しい海が慈悲深く見守る。5月31日、東京文化会館(東京・上野)での公演を見た。

親子と悟り、手を取り合うシモン総督とアメーリア=撮影 堀田 力丸

 プロローグ付きの全3幕。静かなゆっくりした音楽で幕が上がる。石造りの広場の向こうに穏やかな夜の海が広がる。ヴェネツィア、ピサ、アマルフィと並び近世イタリアの「4つの海洋国家」の1つだったジェノヴァが舞台。月明かりにたゆたう凪(なぎ)の大洋はリグリア海だ。音楽は平和な海を表し、海洋都市国家ジェノヴァを象徴し、さらには平民派の主人公シモン・ボッカネグラが国の繁栄のためにかつて海賊をしていたことも示唆する。ジェノヴァでは平民派と貴族派との対立が続く。

 ちなみにプロローグの美しい旋律は、ショスタコーヴィチがロシア革命を描いた交響曲第12番「1917年」の第1楽章の第2主題と似ている。もちろん「シモン・ボッカネグラ」の方が作曲年代は先で、初演は1857年、改訂後の第2版の初演は1881年。さらに深読みすれば、その旋律の最初の4つの音符は、「レクイエム」でよく使われるグレゴリオ聖歌の「怒りの日」の音型と同じである。それは最後の審判、そして死を意味する。

 シモンは平民派から新総督に担ぎ出される。しかし彼は貴族フィエスコの娘マリアと恋仲になり、女児をもうけていた。政敵のフィエスコは2人を許さず、マリアを幽閉する。フィエスコは広場でシモンと遭遇し、女児を渡したら許すと言う。しかし子供は行方不明で、物別れに終わる。シモンは広場に面した幽閉場所でマリアの死を知る。それと同時に、シモンが総督の候補になったと知った平民派の群衆が広場に殺到し、「シモン万歳」を叫ぶ。悲劇と栄誉、愛憎が交錯する人間ドラマの一部始終を、きら星の映える海が静かに見守る。

 シモン役のジョルジョ・ペテアン(バリトン)、フィエスコ役のドミトリー・ベロセルスキー(バス)を中心とした男声の低音の魅力を堪能したプロローグ。それに続く第1幕は女声が聴かせる。プロローグから25年後、シモンとマリアの行方不明の娘、アメーリア(ソプラノのエレオノーラ・ブラット)が暁へと向かう水平線を見つめながら、月と波がひとつに交わるさまを歌う。清らかなふたつの心が愛の抱擁をしているようだと。彼女は貴族の邸宅に孤児として拾われて育った。その貴族とは、彼女の父シモンの政敵で、彼女の実の祖父でもあるフィエスコその人なのだ。

 アメーリアと、その恋人で貴族派の幹部アドルノ(テノールのフランチェスコ・メーリ)による美しい二重唱が続く。その後にシモン総督とアメーリアが互いに父と娘だと悟る感動的な二重唱「娘よ、その名を呼ぶだけで胸が躍る」が待っている。ここでロマンチックな音楽は最高潮に達する。ただ、間欠的な強奏を除けば音楽は常に静かに流れ続けている。遠景の海も夢のようなきらめきを漂わせながら終始穏やかだ。

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