3月30日、日曜夜の公演を訪れた。会場のあちこちに売店や料飲コーナーが置かれ、開演前と休憩中には様々なワイン、ビール、和洋中華の料理などが楽しめる。事前に50豪ドル(約4800円)を支払えば、シャンパン付きのVIPラウンジも利用できる。

激しい雷雨には勝てず、第1幕で中止に

特筆すべきは、この種の野外イベントにしては異例なほど仮設トイレの内装が吟味され、清潔さが保たれていたこと。逆に、売店の外装の壁紙に使われていた現代日本の風景が東京・新宿は歌舞伎町の風俗街の写真だったのにはびっくり。公演プログラムを売っていたオーストラリア人女性に「ここは日本有数のセックス・ゾーンだよ」と説明したら、「オー・ノー!」と絶句された。ともあれ開演が迫り、期待は高まる。

だんだん夕暮れが迫るなか、短い序奏を経て、ドラマが始まる。舞台は文明開化の時代ではなく現代に移され、米海軍士官だったはずのピンカートンも、ちょっと怪しげな不動産ブローカー風のいでたち。結婚を仲介するゴローともども、芝生の上で新居の設計プランを練っている。開演前に気になったプラスチックの白い椅子は、婚礼の客人用だった。

ピンカートンとの「愛の二重唱」。半裸となったヒロインの背中一面、タトゥーが描かれている(撮影=James Morgan)

新婚夫婦に仕えるスズキは和服。日本人と見まがう風貌ながらアンナ・ユンといい「祖父が韓国人だったロシア人で、現在はオーストラリア国籍」のメゾソプラノらしい。ピンカートンのゲオルギー・バシリエフはロシア人、シャープレスのマイケル・ハニマンとゴローのグレアム・マックファーレーンはオーストラリア人。いかにも新大陸の多民族国家らしいチームだ。Bキャストもオーストリアに帰化した韓国人のチョーチョーサン、ハイシオン・クウォンをはじめ、大村チームと同じように国際色豊かな顔ぶれだった。

日本では考えられないほど「ぶっ飛んだ」視覚に気をもみつつ、チョーチョーサンの登場を待つ。第1幕中盤、以前にも増して豊かなボリューム(マイクを通しても他の歌手との差が歴然)、芯がしっかり通ったクリスタルな美声が遠くから次第に近づき、竹やぶ越しに花嫁行列が見え、白無垢(むく)姿の大村が現れると、客席から歓声が上がる。

その直後、雨が降り出した。野外イベントだけに悪天候時の対応もチケットに明記され、ちょっとやそっとの雨では中止しない。よく見ればピンカートンも、結婚式の参列者も傘を持参している! 客席には「MAZDA」のロゴが入ったビニール製の雨がっぱが無料で配られ、観客は「愛の二重唱」を聴きながら防水対策に余念がない。売り物の花火も何とか無事にさく裂したものの、今度は稲妻が光り出した。さすがに雷は命の危険を伴うため、二重唱大詰めで大村が背中を大きく広げ、演出チームが凝りに凝って描いたタトゥー(刺青)を披露する見せ場でも客席がざわつき、気の毒。それでも何とか1幕の最後まで演奏することができた。休憩時間に待つこと十数分、「後半の上演中止」が決まった。

シドニー在住の日本人バイオリニスト、MASAKI(マサキ)さんも激しい雷雨にめげず、オペラを楽しんだ

さらに十数分後、メイクを落とし、普段着に着替えた大村が現れた。幸か不幸か、打ち切りのおかげでゆっくり、話を聞くことができた。「2幕でますます演出が冴え、星条旗柄のタンクトップにホットパンツ姿のチョーチョーサンが次第に常軌を逸し、悲劇の結末へと突き進む場面を観ていただけなくて、本当に残念です」と、大村が切り出す。言葉で聞くだけでは、ギョッとするビジュアルだ。「それがね、意外に日本人の心情を痛切に切り取っていて、演じていても違和感がないし、客席も最後は大きく感動してくださるのよ。日本からのお客様に出口で『日本人の魂を感じた』と言われた時は、うれしかった」

3月21日の初日は終演後、3千人が一斉に立ち上がって大村に拍手。「歌い手になって、本当に良かった」と思ったそうだ。シドニーまで出かける時間のなかった人、上演打ち切りで悔しい思いをした人、名舞台をもう一度いい音と画像で楽しみたい人。それぞれの望みをかなえるかのように、複数の公演を編集し完璧を期したDVDが近く発売される。

本拠ヨーロッパではベルディやベッリーニらプッチーニ以外のオペラの主役も務め「バッテルフライ専業」のレッテルを返上、中堅の実力派と目されている大村。今年8月18~30日にはフランス・オーベルニュ地方のネリー・レ・バンという保養地の市立劇場で、米国人バス歌手やイタリア人指揮者らとともに若いオペラ歌手のためのマスタークラスを主宰する。しばらく日本で見かけないと思ったら、もはや後進の指導にも乗り出していた。

(電子報道部)

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