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あのモーツァルトも 今こそ学ぼう、偽作音楽史 「HIROSHIMA」の改名にも前例

2014/2/20

18世紀の天才作曲家、モーツァルトも「ゴーストライター」を請け負っていた! 佐村河内守(さむらごうち・まもる)の作とされた曲が別人の手になるものだったとわかり、波紋を呼んだが、過去数百年の西洋音楽史をひもとけば、偽作・贋作(がんさく)にも、豊富な歴史の蓄積があることに驚くだろう。(敬称略)

クラシック音楽系CDとして異例の18万枚を売った大ヒット作、佐村河内の「交響曲第1番《HIROSHIMA》」が、実は、新垣隆(にいがき・たかし)という別の作曲家の代筆だった。

DVD「佐村河内守:『魂の旋律 HIROSHIMA×レクイエム』」

難聴の障害を抱えつつ、魂を削るように創作する佐村河内の姿はメディアでも繰り返し紹介され、「現代のべートーベン」とまで呼ばれた。佐村河内は真の作曲者を新垣と認めた上で、「3年ほど前から再び(耳が)聞こえるようになっていた」と明かした。

進行形の騒ぎをいったん離れ、古今の名曲を題材に、偽作音楽史を検証してみよう。

■その1=モーツァルトの「レクイエム」

今回の「事件」と同じく、ゴーストライターの腕前が表向きの作曲者より格段に優れていた例の極め付きは、モーツァルトの絶筆となった「レクイエム」に違いない。

死の年に当たる1791年の8月末、「見知らぬ男が現れ、匿名の依頼主からの『レクイエム』の作曲を打診、かなり高額の報酬の半額を前払いした」とのエピソードは今日、広く知られている。

話には尾ひれがつく。特に「喪服のような服を着た使者が体調不良のモーツァルトには死に神のように見え、恐怖とともに作曲した」との情景は、ミロス・フォアマン監督のアカデミー賞受賞映画「アマデウス」(1984年)でも効果的に扱われた。

代作を認めた新垣隆氏の記者会見(2月6日午後、東京都千代田区)

1964年にようやく判明したところによると、依頼主はオーストリアの地方都市グロッグニッツのストゥパッハ城主だったフランツ・フォン・ヴァルゼックという伯爵。

アマチュア音楽家でもあった伯爵は当時の有名作曲家に匿名を条件に新作を発注して買い取り、わざわざ写譜したうえ、自作として発表する奇妙な趣味の持ち主だった。

モーツァルトに依頼した「レクイエム」も若くして亡くなった妻を追悼するための自作曲に化け、1793年12月14日にウィーンの教会で自ら指揮して初演した。

しかし、モーツァルトの死後、事態はもつれる。ますます経済的に困窮したモーツァルトの妻、コンスタンツェは自宅の写譜に基づき、亡き夫の作品として改めて出版。伯爵は抗議したもののゴーストライターの知名度には勝てず、モーツァルトの名作として定着した。

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