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あのモーツァルトも 今こそ学ぼう、偽作音楽史 「HIROSHIMA」の改名にも前例

2014/2/20

■その5=作曲後に「HIROSHIMA」と改名した先人?のペンデレツキ

「佐村河内のゴーストライターを続けてきた」と告白した新垣は記者会見で、ベストセラーとなった「交響曲第1番」の標題が当初「HIROSHIMA」ではなく「現代典礼」だったとも証言した。

この瞬間、現代音楽に詳しい人たちの脳裏にはポーランドの作曲家、クシシュトフ・ペンデレツキの出世作となった弦楽合奏曲「広島の犠牲者に捧げる哀歌」のエピソードが思い浮かんだはずだ。

1960年に初演された時点の題名は「8分37秒」。米国の作曲家で「偶然性の音楽」を唱えたジョン・ケージの代表作「4分33秒」(ピアニストが何も弾かず4分33秒間、座り続ける)に触発され、不確定要素を強調した作品だった。

18万枚を超すヒットとなった「交響曲第1番《HIROSHIMA》」のCD

ところが客席で初演を聴いたペンデレツキは「抽象的に書いたはずが、予想外に多くの感情の堆積に自ら驚いた」。より具体的な題名を与えられないかと思案するうち、ポーランド国立放送交響楽団の演奏旅行に際し、日本初演をする話が持ち上がった。

日本の作曲家、松下真一の助言もあって「最終的に64年、二度とあってはならない広島の犠牲に捧げる曲とした」と、ペンデレツキは後に記した。「現代典礼」から「HIROSHIMA」へと、「8分37秒」から「広島の犠牲者に捧げる哀歌」へ。概観する限りでは、2つの改題ストーリーの間に「根本的な差異は存在しない」と判定できるのではないだろうか。

古今東西、作曲家の生計は自作発表だけでは成り立たない。外部からの依頼に基づく作曲請け負いは重要な収入源であり、注文の内容が自身の音楽スタイル(語法や形式)と異なる内容でも、柔軟にスコア(総譜)を完成させるのが、プロ作曲家の基本スキルといえる。

新垣も桐朋学園大学音楽学部作曲科で三善晃らに師事。20代から現代音楽の作曲家・ピアニストとして頭角を現した。ばりばりのプロフェッショナルである。

作曲界の先輩に当たる三枝成彰は、佐村河内名義で発表された一連の新垣作品について「様々な作曲家の調性音楽のスタイルを引用しながら、オーケストラを隅々まで鳴らす力量が並外れている」と、依然として高い評価を与える。「聴衆は作曲者個人の物語だけでなく、作品自体の魅力にもひき付けられていたはずだ」と指摘する。

新垣の師の三善は桐朋の学長や東京文化会館の館長も務め、武満徹や黛敏郎らと並ぶ作曲の大家だった。人格者としても慕われたが、長い闘病の末、昨年10月4日に亡くなった。今年1月30日には東京・赤坂のサントリーホールで、美智子皇后も臨席の下、「お別れの会」が開かれた。その直後の新垣の告白会見はどこか、意味ありげでもある。後年、「もう1つの伝説」の担い手となるかもしれない。

(電子報道部)

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