トム・プロジェクト「案山子」戦争の魔、カルト化する集団の狂気に重ねる

近藤正臣が暴走老人を演じて、忘れがたい印象を刻んだ。昨年の鶴屋南北戯曲賞を受賞した気鋭の劇作家、東憲司の新作(「テアトロ」3月号所収)でのこと。演じるのは戦争が終わったことを信じず、張りぼての偽装戦車とともに突撃しようとする65歳の男。風車に突撃したかのドン=キホーテのごとく、狂った勇猛さはこっけいでいて鋭いアイロニーへと転じるのだ。

深い森のセットが印象的だ。中央に近藤正臣。=写真 塩谷安弘

生まれ故郷九州の忘れられた現代史に光をあててきた東の快打といえる佳編で、1時間40分ほどの小編。九州北部、陸の孤島と化した山村に舞いこんだ陸軍上等兵と2等兵は、不思議な集団と出会う。近藤演じる南畝五十三(なんぽいさみ)を隊長とし、3人の女たちを隊員とする民間自警団はさながら、おもちゃの軍隊だった。鬼畜米英を叫ぶこの「大和雄飛隊」なる女たちは夫、婚約者、兄を戦争にとられている。米軍を迎え撃つと山奥で息巻いているが、それは心の空洞を埋める代償行為ともみえる。勇ましければ勇ましいほど悲傷の色が深くなるのである。

この「戦争ごっこ」を笑い飛ばすことができないのは、銃後の守りと称し、竹やりで戦う訓練をもんぺ姿の女子たちがしていた事実を思い出すからだ。狂信をまっすぐ演じる田中美里(隊長の息子の妻)が闇を裂く光のように切っ先が鋭い。これから舞台で活躍してほしい女優だ。

さて、近藤正臣である。日露戦争のあと満州(中国東北部)で馬賊となり、満州帝国建国の礎をつくった天皇の赤子(せきし)と自称するが、いかにも怪しい。老耄(ろうもう)のたどたどしさをまとう近藤がよそ者の兵隊を疑い「非国民」と声を発するとき、その言葉は時代の狂いと老いの狂いが交錯する瞬間を出現させる。日本人はみな神たる天皇の赤子であり、共産主義者も正義のための必要悪として作られたのだという理屈も奇妙な浮遊感覚で発語され、かえって戦争のもたらす魔のささやきを感じさせるのである。

かつて二枚目でならした近藤だが、いささかキザに思えたセリフの調子が今となっては老残の不思議な味わいを醸し出すのだから、演劇とは奥が深いではないか。東の主宰する劇団桟敷童子に客演し、下北沢のザ・スズナリという小劇場で演じたこともある。実はなりふりかまわぬ役者魂をもった人なのだろう。

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